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噂な旅通信

京都コーヒー界のカリスマのSNS投稿は町中華だらけらしい

内藤恭子
編集者・ライター

噂の広まり

井戸端会議

京都のプロや旅のプロに、街の噂や旅の好奇心をくすぐるお話を聞く連載「噂な旅通信」。
今回お話を伺ったのは、COFFEE BASE Co., Ltd.のディレクター、牧野広志さんです。

牧野さんといえば、元・立誠小学校の職員室を改装した「TRAVELING COFFEE」など、地元の人から愛されるコーヒーと居場所をつくりあげてきた、京都コーヒー界のカリスマ的存在。そんな牧野さんですが、SNSの投稿を見ると、流れてくるのは町中華、町中華、町中華……。コーヒー屋さんでありながら、どうやらかなりの町中華ツウらしい?

編集部がハテナを浮かべていたところ、さらに飛び込んできたのは最近神社の境内で三名水を使ったコーヒースタンドをオープンした、との噂。
話を聞くなら今だ!と、さっそく事務所を飛び出し、新店舗へ。町中華から店舗のことまで、たっぷりと教えていただきました。

……結果からいうと、牧野さんの京都町中華愛と知識量はすごかった。

Q1  SNSの投稿が気になる町中華情報でいっぱいという噂の牧野さん。町中華に魅せられたきっかけはなんですか?

今でこそ「町中華」ってジャンルが市民権を得ていますが、実は僕は10代から開拓してきたから、最近急にハマったわけじゃないんです。僕は京都人のように思われがちですが、出身は福井。18歳で京都に出てきて美大に通っていたとき、北白川の「やまぐち」で衝撃を受けたんです。カシューナッツと鶏肉の炒めものなんて、人生で初めて食べましたね。今はなき名店です。「やまぐち」に通い詰めて、手頃な値段でお腹いっぱい食べられる町中華の奥深さにハマり、木屋町界隈で遊び始めると「京珉(きょうみん)」など、あちこち行きました。

Q2  京都の町中華の代表的な店ってどこですか?

まず町中華の系譜を知っておくと良いと思います。必ず名前が挙がるのが「鳳舞(ほうまい)」。北区にあった広東料理店で、平成21年に閉店してしまったんですが、僕もこの店にカルチャーショックを受けました。その味は弟子の料理人たちに引き継がれて「鳳舞系」と呼ばれています。

鳳舞の創業者である高華吉(こうかきち)さんは、京都初の中華料理店といわれる祇園の「支那料理ハマムラ」の料理長として迎えられ、そのあと独立して木屋町通三条の「飛雲(ひうん)」や「第一樓(だいいちろう)」を立ち上げ、最後につくった集大成の鳳舞が京都町中華のレジェンドというわけです。だから、今でも飛雲をはじめ、「鳳舞楼(ほうまいろう)」などの流れを汲む店は京都町中華の代表格。まあ、まずは鳳舞系の店に行ってみるのがいいんじゃないかな。

鳳舞系の店は京都のいたるところに。こちらは北大路にある鳳舞系「鳳飛」
こちらは伏見にある鳳舞系「鳳麟」

Q3  鳳舞系がすごいってことは良く分かりましたが、京都の町中華は遠方からのファンも訪れますよね。なぜそんなに話題になるんでしょうか。

これもまた、さっきの鳳舞の話に繋がりますが、創業者の高華吉さんが偉大だったんだと思います。中華って全国、海外、どこにでもありますよね。でもわざわざ「京都町中華」という一つのジャンルができたのは、高さんの中華が特別だったからだと思います。中華料理って香りや味の強いものをたくさん使いますが、京都の町中華は庶民の味でありながら、どこか上品ですよね。それは高さんが祇園のハマムラの料理長時代に、料理を根本的に変えたから。

花街の人には、油っこさやニンニクなどの強い匂いが敬遠されたので、そうした材料の代わりに和出汁でコクを出したり。舞妓さんも大きな口を開けなくてもひと口で食べられる、小ぶりの料理に仕立てたりと、京都ならではの事情を加味した料理をつくったんです。国内外見ても、その地元の文化に寄り添った中華料理って、京都の町中華だけじゃないかな。だから特別で、他では味わえない。そこが人を引きつける理由だと思います。

Q4  牧野さんにとっての定番町中華店を教えてください。

週1、2で町中華を食べていますが、たくさんあるから難しいなあ。たとえば、「鳳舞楼」は誰でもおいしく食べやすい味付け。高さんの最後のお弟子さんの店で鳳舞の皿を受け継いでいて、それでサーブされると当たりが出た気分になるんですよ。
鳳舞の味に近いのは「鳳泉(ほうせん)」かな。大きなキクラゲがたくさん入った炒めものがクセになる。
他府県から友人が来たら「糸仙(いとせん)」。上七軒というお茶屋街ならではの風情があって、喜ばれるんですよ。はんなりした中華という感じで、広東麺や春巻きは特に絶品。
サクっと食べに行くときは「龍鳳(りゅうほう)」によく行きます。ロケーションが便利だし安いしね。

そうそう、メニューでいうなら「からしそば」や「からしどり」は、町中華メニューとしておすすめ。「平安」のからしそばもうまい。とにかく名店は数知れませんから、あちこち食べ歩いて好みの味を見つけてください。

牧野さんがよく食べるという「龍鳳」の「カラシ入そば」

Q5  町中華に詳しい牧野さんですが、京都のコーヒー界のカリスマでもありますよね。コーヒーの世界に入ったのは何がきっかけですか?

話せば長いんですけど、大雑把に言えばクラブ「フィッシュ&チップス」を立ち上げたのがきっかけですね。その時仕入れていたおつまみ用のバナナチップスに、コーヒー豆がおまけで付いてきたんです。それが溜まってきちゃうから、我流でコーヒーを淹れだして。だから、本当にコーヒーが好きっていうより、たまたまですね(笑)。

パリに住んでたときは100円くらいでエスプレッソが飲めて、ご飯もおいしいんですけど、日本に帰ってきたらカフェ飯ブームのわりには自分好みの店がないから、2001年に御幸町姉小路角に「パークカフェ」をつくって、コーヒー豆は当時個人店には卸してくれないイリーを入れてました。

店の契約が終わるころ、2015年にパラソフィア京都国際現代芸術祭が開催が決定して、ビジターセンターとして立誠小学校を使い、海外のゲストを案内するセンターをつくることになって、そこでコーヒーの提供を依頼されたんです。それが「TRAVELING COFFEE」の始まり。2ヶ月限定だったんだけど、地域の人の希望もあって存続することになって、新しい複合施設「立誠ガーデン ヒューリック京都」に入ったんです。

対面でのコミュニケーションを大切にしている牧野さん。多忙でありながらも自ら店舗に立ってコーヒーを淹れることを心掛けているそう

Q6  最近オープンして話題の「Coffee Base NASHINOKI」についても教えてください。

TRAVELING COFFEEの監修をしてきたんですけど、もうここは店として安定しているので一旦引退しようと思っていたら、ちょうど「 Coffee Base NASHINOKI」の立ち上げの話があったんです。株式会社 COFFEE BASEが1年程前から企画していた店です。TRAVELING COFFEEは地域の人達と一緒に、廃校だった立誠小学校を守ってやってきましたけど、ここは梨木神社の協力を得て運営しています。

梨木神社境内の石畳の道を歩いていると、ふと現れる白い暖簾
この建物はもともと御所にあった春興殿の一部を移築したもので、これまでは茶室として使われてきたそう。元の建物の良さを生かしつつ白と黒で構成された、調和の空間が広がる

四条烏丸の本店Coffee Base KANONDOの豆を使い、京都三名水である染井の水でコーヒーを淹れていて、店の運営は名水を守るプロジェクトでもあるんですよ。井戸と店の蛇口は直結していて、氷も全部名水でつくってます。

梨木神社の宮司さんが素敵な方で、ある朝くると、縁側に座布団が敷かれていたり、境内のあちこちに縁台が置かれていたりして(笑)。スタンドで飲むだけじゃなくて、境内をゆっくり見てまわりながら、お気に入りの場所でのんびり一服していただけます。

京都の三名水「染井の水」で淹れたコーヒー……、そのお味は?
編集部は「エチオピア」の水出しコーヒーをチョイス。浅煎りの豆は紅茶のように爽やか。染井の水のまろやかさと相まって、ゴクゴク飲めてしまった

Q7  予約制のコースがあると噂ですが、どういう内容ですか?

名水で17時間掛けて抽出する水出しのコーヒーが好評で、そうした抽出方法によるコーヒーの味の違いや、和菓子とのペアリング楽しんでいただく90分ほどのコースです。来た時の感動を大事にしたいから、あえて内容は詳細には告知していないんです。お菓子やコーヒーも季節などにより変えていく予定ですから、お楽しみに。

スタンドの隣には座敷が。ここは4名までしか入れないコース予約者の貸切スペース。予約はネットのみで受付中
飾られている絵画はなんと牧野さんの私物らしい

 

<店舗情報>
Coffee Base NASHINOKI
京都市上京区染殿町680 梨木神社境内
電話番号:075-600-9393
instagram:coffeebase.nashinoki

<プロフィール>
牧野広志(まきの・ひろし)
COFFEE BASE Co., Ltd. のディレクターで、京都のコーヒー界のカリスマ。「パークカフェ」「TRAVELING COFFE」な どの人気店を手がけ、2022年2月に株式会社 COFFEE BASE に移籍、8月には梨木神社の境内で「Coffee Base NASHINOKI」のオープンと同時に店舗に立つ。2016年に「ENJOYE COFFEE TIME」を立ち上げ企画運転、京都のミニツアー「まいまい京都」珈琲屋巡りのガイドも務める。“選食家”としての 活動もしており、芸能人や海外セレブのアテンドなども行う。
instagram:donmakino66

 

企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美、長谷川茉由(合同会社バンクトゥ)
撮影(敬称略):牛久保賢二
写真提供(敬称略):牧野広志

 

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