2023.5.30
琵琶湖×ラオス料理。京都から消えた「湖の幸」文化復活に燃える料理人がいるらしい
噂の広まり
京都のプロや旅のプロに、街の噂や旅の好奇心をくすぐるお話を聞く連載「噂な旅通信」。今回お話をうかがったのは、琵琶湖の魚“湖魚”を使ったラオス料理のポップアップレストランを開催したり、湖魚料理のレクチャーを行ったりと、「琵琶湖の魚の伝道師」として活動する小松聖児さんです。
京都生まれ、京都育ちの小松さんにとって、琵琶湖は小さなころから親しんできた場所。今、その湖(うみ)の幸の普及に勤しむ理由とは?
Q1 小松さんを「何屋さん」とお呼びしたらいいんでしょう?まず経歴からお聞かせください。
なんと呼んでもらえばいいでしょうかね。自分的には料理人、なんですけど(笑)。
本格的にラオス料理に触れたのは、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科に在籍時に取り組んでいた、ラオスでのフィールドワークでのことでした。現地では水産資源の流通の研究を行い、人の生業と、自然環境の関わり合いを勉強していました。
卒業後は京都や大阪の中央卸売市場で7年間、魚の卸に従事。そのころに、「小松亭タマサート」の名義で、湖魚をつかったラオス料理の店をマルシェなどで出店しはじめて、現在は四条大宮の居酒屋「田歌舎(たうたしゃ)」さんを間借りするかたちで、不定期でラオス料理のポップアップレストランを行っています。
Q2 京都育ちの小松さんの中で、ラオスと琵琶湖がどうつながったのでしょう?
ラオスは東南アジア唯一の内陸国で、魚といえば淡水魚。実は、京都でもかつては「一番近い“うみ”」である琵琶湖の魚が主流だったんです。かつて僕が勤めていた京都市中央市場は設立当初、鮮魚部門には川魚(淡水魚)屋さんしかなかったと。僕の子どものころの記憶を振り返っても、古い商店街には川魚の専門店が必ず数軒はあった。琵琶湖、桂川などで獲れた魚が日常的に手に入ったんです。かつては、京都の人は海の魚のことを「外もの」と呼んでいたと聞きます。それが、気がついたら衰退していた。
Q3 京都から消えた淡水魚文化が息づくさまを、ラオスで見たのですね。
ラオスには、メコン川だけでも1000種類を超える圧倒的な数の魚種がいます。現地でそれを調査するなかで、すべての魚が、余す所なく利用されているのを見て感動しました。大きな魚がレストランに売られ、小さいものは家庭で食べられる。さらに、日本だと小さくて分別できない魚は、混じった状態の“雑魚”として捨てられてしまうところ、ラオスでは発酵させて魚醤として活用される。廃棄される魚が出ないんです。これを見て、自然で獲れた食べ物が無駄なく循環する「全体性」が体現されているとおもいました。全体性って、食べ物に対する「手間と愛」だと思います。そして「自然のまま」を表すラオスの言葉が「タマサート」なんです。
Q4 京都大学大学院で研究して、今ラオス料理を作っているとはなかなかユニークな経歴です。
これには、良い先生にめぐり合ったことも大きくて。先日、京都大学時代の恩師が僕の料理を食べにきてくれて「ラオスの水産流通という、一見、世間に還元できそうにない分野を研究していたのに、小松くんは食べ物を通じて自分の環境に引き付けて “自分ごと”にしている。そこが良いよね」と言っていただきました。僕自身、大学院生の時に、魚の研究だけでは、魚を含む環境を変えられない、と強く感じていて。当時から学術を上に置くのではないスタンスの先生に学べたからこそ、今の僕がいると思います。
Q5 ちなみに、ご両親は料理人としてのご活動をどう思っているんでしょう?
親は、昔からこうと決めたらやめない僕の性格を知っているので……(笑)。料理に興味を持ったのは、父が板前料理人だったからなんです。家にプロ用の包丁が何種類もあって、かっこいいと思っていました。直接、教わることはなかったけれど、料理は小学生の時から自分でつくっていました。父は僕のラオス料理も食べにきてくれて「おいしいな、ビルマ料理は」と、国名を間違えつつも(笑)、ほめてくれています。
Q6 「小松亭タマサート」の湖魚×ラオスメニューにはどんなものがありますか?
5月に出した季節の一品でいうと「ゲーンノーマイ」。
森の香りとお肉の出汁と魚醤のうま味と筍、ジビエを使った緑色のスープです。本来ラオスでは、「ヤナーン」と呼ばれるツル性の植物の緑色の汁を揉み出して使うのですが、日本では入手できないので、ヨモギ、小松菜の汁で代用しています。輸入品のヤナーンの缶詰もありますが、その時にあるその土地の野菜を使うのが「タマサート」の本質だと思っています。ほかにも「パデーク」というラオスの魚醤を、琵琶湖の魚で作ったり。実は天然魚のパデークはラオスでも今や貴重なんですよね。残念なことにそれは「タマサート」が失われてきていることの表れでもあります。
Q7 湖魚の味の特徴は?「淡水魚は臭い」と言って敬遠する人もいますが、実際のところどうなんでしょう?
湖魚の味は淡白であっさりしていますが、これは実は、琵琶湖の水の風味なんです。昔は、沼や池から獲った淡水魚が泥臭かったこともあったと思うのですが、今の琵琶湖は水質もよくなって、通常、新鮮なものなら臭みは感じないです。でも、水質やプランクトンの繁殖によって、影響を受けることはあります。
湖魚のラオス料理を「臭み対策で、エスニックな味付けにしているんじゃないか」と思われるのはちょっと不本意で……。湖魚の実力を知っていただけるよう、塩焼きのようなシンプルな品も出しています。フナ、ハス、モロコなど、琵琶湖の魚はコイ科がメイン。ニゴロブナは鮒ずしの原料として知られていますが、焼いただけで甘み、うま味が強く感じられます。ギンブナはサラッとした滋味深い味。個人的にはノドグロ(アカムツ)にも負けないと思います!
ラオスでは、ハーブやスパイスの使い方ひとつとっても、淡水魚を生かすための料理体系が完成されているんです。ラオス料理から湖魚のおいしさを知る人を増やしていけたら。
Q8 川魚屋さんが激減した今、湖魚をどのように入手していますか?
ほとんど流通がないので、僕は直接、漁師さんのところに買いに行っています。たとえばポップアップが5日間あるとすると、そのうち1日は営業を休んで、仕入れに充てる。料理の仕事の比重の8割を、仕入れが占めている感じですね。
漁師さんのなかには、魚を獲ったあと、鮮度を保って料理人に届けるためにどう処理をしたらいいのかについて、関心が薄い人もおられます。僕は市場で働いていた経験から活け締めや神経締めなどの方法を知っているので、漁師さんに直接お会いして、締め方や料理のレシピをお伝えしたりしています。
Q9 まるで伝道師ですね。京都で愛された湖(うみ)の幸は現代に復活するでしょうか?
なんで、こんなにおいしいものが知られていないのか?ホントにそう思いますよ。
漁師さんが減少している、魚料理の文化が衰退している、小売流通が少ない。日本の水産業に起きている問題が、琵琶湖の魚事情に凝縮されていると、僕は見ています。
最近はわずかですが若い漁師さんの参入もあり、徐々に料理人さんからの注目度も高まってきている。これからも湖魚の価値を高めるために活動してゆきたいですね。
小松さんは、5月末から6月初旬にかけて再度ラオスを訪問予定。帰国後は「小松亭タマサート」の湖魚メニューもパワーアップ必至。琵琶湖とラオスを結ぶ京都のホットスポットをお見逃しなく。
<プロフィール>
小松聖児(こまつ・せいじ)
1988年生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科に学び、ラオスでの水産資源流通を研究。京都市と大阪の中央市場の鮮魚店で7年勤務。「小松亭タマサート」名義でHOURAIマルシェ(滋賀・大津)などラオス料理を提供しはじめ、現在は田歌舎(京都・大宮)をはじめ、ポップアップレストランを展開。料理教室や、魚に関するレクチャーも行う。
Instagram:小松亭タマサート
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企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):小松聖児