2024.2.29
もはや銭湯は入浴だけの場所にあらず。旅の計画を立てるのにうってつけの銭湯があるらしい。
噂の広まり
京都のプロや旅のプロに、街の噂や旅の好奇心をくすぐるお話を聞く連載「噂な旅通信」。
今回お話をうかがったのは、吉田神社近くにある銭湯「平安湯」の3代目店主・村中 稔さんです。
閑静な街並みに溶け込む平安湯は、何十年ものあいだ地元の方や学生たちに親しまれてきました。そんな平安湯に昨年末突如、特大ペンキ絵が登場。「京都博物館銭湯」と銘打ってリニューアルオープンしたらしい。ペンキ絵に描かれたのは、京都の祭礼や寺社などの名所の数々。ペンキ絵には、“解説書”となる読み物が吊り下げられ、湯船につかりながら京都のことを知ったり、旅の計画を立てたりすることができるという。
まさに京都ならではのペンキ絵を描くことになった理由や、旅の楽しみとしての銭湯のあり方についてお聞きしました。
Q1 まずは平安湯のことから教えてください。古くからある銭湯なのでしょうか?
創業時の資料は残っていないのですが、相当昔から平安湯はあって。うちの祖父が継いだのが80年くらい前。石川県から京都へ出稼ぎに来たのがはじまりです。当時は銭湯が就職場所ということもあったそうで。そこから親父が継いで、僕が高校生の時に代替わりをして、いまに至ります。
平安湯の内容としては、日替わりの薬草風呂など6種類の風呂のほか、地下天然水のかけ流し水風呂、100度超えのサウナがあります。僕が好きなので、昔懐かしの瓶ジュースもいろいろ取り揃えています。もう何十年も通ってくれている地元の方や、京都大学が近いので学生さんも多いですね。約束してなくても、ここに来れば誰かに会えるという感じ。周辺の宿泊施設から来てくださる観光客の方もいらっしゃいます。
Q2 インパクト大の「京都博物館銭湯」ですが、制作のきっかけを教えてください。
この建物は、僕が中学1年生の時に建て直されたんです。最初は本当にごくシンプルなつくりで。幼いながらに「自分がやるなら、もっと注目されるようなお風呂にしていきたい」という気持ちがありました。時代の流れとして、お客さんがどんどん減っているのを目の当たりにしていたのもあります。「京都博物館銭湯」のきっかけはSNS。徳島県の昭和湯さんが、うちのようにシンプルだった内装を改装してペンキ絵を新設していたんです。これだ!と思って。その後、滋賀県の都湯さんでペンキ絵を設置されると聞き、作業中の現場を見学させてもらうことに。そこで、今回「京都博物館銭湯」を描いていただいた山本奈々子さんと出会いました。
Q3 ペンキ絵の作者である山本奈々子さんは、日本一小さな瓶ジュースメーカー「南山鉱泉所」を営む方です。銭湯絵師さんではない方が手がけているというのもユニークですね。
山本さんのことは、希少な瓶ジュースを作られている方として存じ上げていました。もともと京都の銭湯で働いていらっしゃったという背景や、瓶ジュース製造も、銭湯カルチャーへの愛が強すぎるがゆえという話もお聞きして。この業界を盛り上げようと活動されている方と、一緒にやることに意味があると思ったんです。山本さんは京都の芸術大学を卒業されていて、実際、彼女の絵を見せてもらった時に「明るくて朗らかな良い絵だな」と思い、プロジェクトにお声かけしました。
Q4 関東では富士山などのペンキ絵をよく見かけますが、そもそも関西ではペンキ絵自体がめずらしいですよね。京都の三大祭を描くというのもとても新鮮です。なぜこれらのモチーフを描いてもらうことになったのでしょうか。
はじめは、いわゆる一般的な風景画を考えていました。けれど山本さんを含めたメンバーと打ち合わせを重ねる中で、「村中さん自身が本当に大事にしたいと思っているものを描いた方が、新たにペンキ絵を描く意義につながるのではないですか?」と言われて。
実は私、地元の吉田神社の祭礼で剣鉾(けんぼこ)の差し手をしているんです。剣鉾の差し手というのは、祭礼で神輿が街中を練り歩く際に、その先頭に立って鉾を揺らしながら歩くという役割。5年ほど前に、お客さんのなかに剣鉾協会の方がいて、誘われたのがきっかけです。銭湯も剣鉾も、後世に残していくべき文化的価値のあるもの。自分がいままでやってきた銭湯での活動と、京都の神事に共鳴するものを感じています。神さまがもたらしてくれたつながりといいますか、神事に参加するようになってから良い出会いにも恵まれました。たくさんの恩があるからこそ、自分の仕事でも京都の祭りの発展に寄与できればと思い、このようなペンキ絵になったんです。
Q5 平安湯はSNSでの情報発信も活発で「旅の楽しみのひとつとしての銭湯」を提案されていますよね。祭に関する読みものは英語表記もされていて、観光に来られる方への配慮も感じます。
京都観光というと寺社仏閣などの“ザ・京都”という場所をめぐるパターンが多いですよね。それも楽しみ方のひとつですが、僕としては、何度も訪れたくなるような、味のある京都の楽しみ方を提案していきたくて。たとえば、京都の祭りの煌びやかな部分は写真で撮っていても、どういう意味が込められているかを知らない人も多い。京都の祭の文化的背景を知ってもらうことで、より深く、その美しさや価値を感じてもらえると思います。それに、もっと銭湯自体を観光スポットのひとつとして捉えてもらえたらと思っていて。ペンキ絵はどんどんアップデートしていく予定なんです。観光名所への解説を増やしていくことで、何度も通うことの価値をつくっていきたいですね。
Q6 村中さんにとって、銭湯は入浴以外にどのような役割を持つ場所なのでしょうか。
やはり、みんなが集う場所というのが大きいです。銭湯って老若男女、ルーツからなにから違う人たちが来るんです。そんな中で、京大生と地元のおっちゃんが話し込んでいたり、お客さん同士が「今度一緒に旅行に行こうか」なんてぐらい仲が良くなっていたり、観光客同士が旅の話で盛り上がって情報交換していたり。スマホもなくて、しゃべるのにぴったりの場所だからこそ、僕たちとしては、ちょっとした仕掛けを増やして話題に花が咲くようにしています。それがペンキ絵や薬草風呂につながっているんですよね。銭湯をたまり場として、新しいつながりが地域の中で発生している。文化を継承しながら、ここで現在進行形の文化がつくられているという感覚なんです。
Q7 薬草風呂は、井草を一畳丸めて入れたり、輪切りのヒノキをそのまま入れたり、見た目にも斬新なものも多いですよね。生の薬草風呂というのもめずらしいように思います。
DIY精神でいろいろやっていますね。常連さんがそれをみて「これを入れたらどうや~」と新しいものを提供してくれることもあります。ミカンの皮を乾燥させた陳皮(ちんぴ)風呂なんかも、お客さんからのアドバイスではじまりましたし、井草風呂は近所の畳屋さんから余りをいただいたもので、思い切って井草を一畳丸めて浴槽へ入れました(笑)。そのなかで意識しているのは、和束町のほうじ茶風呂や、北山のヒノキ風呂のように、地場産業を活用して、お風呂で地産地消を目指すこと。銭湯というのはやっぱり場所に根づいたものなので、地域への貢献がいかにできるかを大事にしています。いまは月に一度ほど、生薬草風呂の日を設定しています。
Q8 村中さん流の銭湯の楽しみ方があればお聞かせください。
風呂上がりに飲みものを飲んでこそ、銭湯の良さが生きると思っています。おすすめは「コーヒー牛乳牛乳」って勝手に僕の中で名前をつけてる飲み方があるんですけど(笑)。コーヒー牛乳と牛乳を買って、半分ずつ飲んで残ったものを合わせるんです。単体よりすごくおいしくてクセになるので、だまされたと思ってぜひやってみてください。あとは冷やし飴と牛乳を混ぜて飲むとか。
お風呂の入り方でいうと、銭湯といえば温冷交代浴。お湯の入った浴槽と水風呂を交互に、繰り替えし浸かることで、いわゆる「整う」方法です。銭湯に水風呂があるからこそできる楽しみ方なので、一度は体験して欲しいですね。
Q9 周辺にはおいしいお店も多く、学生の街らしい文化的な空気もありますよね。平安湯とともに巡る、おすすめルートはありますか。
うちは大文字(だいもんじ)を中心として山に囲まれているので、山登りのあとに汗を流しに来てもらえるとめちゃくちゃ気持ち良いと思います。京都は、特に観光名所に行かなくても鴨川だったり、山だったりの自然が本当に豊か。四季折々で変化があって、どれも美しいんです。そういう日常的な風景を楽しんで欲しいですね。
Q10 平安湯を盛り上げるために日々精力的に活動される村中さん。これからさらに仕掛けていきたいことなどがあれば、ぜひお聞きしたいです。
京都では、年々銭湯の数が減っています。自分たちもあと何年やれるかな、若い人にも携わってほしいなというのが正直なところです。これからも新しいことはどんどん発信していけたらと思いますが、自分のところだけではなくて、それぞれのお風呂屋さんの良さを、広げることにつなげていきたいです。銭湯という地域の文化をたやさないために、自分なりにできることを模索したい。たとえば、食べログの銭湯版みたいなのがあれば良いのにな、とか。いや、まだまだ頭の中で思っているばかりですが(笑)。
平安湯
吉田神社近くの吉田東通にある銭湯。薬草風呂はじめとする6種類のお風呂に、地下天然水かけ流し水風呂、100度以上のサウナも。村中さんが日々発信するSNSも要チェック。
・HP
・X:@Heianyu_Kyoto
・Instagram:heianyu_kyoto_sento
・TikTok:@heianyu_kyoto
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企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
テキスト:平田由布子
写真提供(敬称略):村中 稔