2021.7.16
京都のフリーマガジン『ハンケイ500m』の制作裏話には、街と人への愛情が溢れていたらしい
噂の広まり
京都市営地下鉄をはじめ、京都市内の各所に設置されるフリーマガジン『ハンケイ500m』。京都に住んでいる人は誰しも一度は読んだことや見かけたことがあるのではないでしょうか。これまでに62冊を発行し(7/9にvol.62を発行。)、駅の改札に設置されると数日でものの見事になくなるという人気ぶり。
京都のプロや旅のプロに、街の噂や旅の好奇心をくすぐるお話を聞く連載「噂な旅通信」。
今回お話を伺うのは、そんな京都を代表するフリーマガジン『ハンケイ500m』の編集長・円城新子さんです。京都に約700か所ある市バスのバス停を起点に、毎号あるバス停から半径500mの円内をくまなく歩いて、そこで出会ったお店や人を取り上げる『ハンケイ500m』。「自分たちの足で情報を稼ぐこと」をモットーに、これまでに歩いてきた距離や範囲は計り知れず……。そんな街歩きのプロ集団を束ねる円城さんに、街の噂を探す我がポmagazine編集部がその制作裏話を伺いました。
Q1 あるバス停を起点に半径500m。普段リサーチはどのようにされているのでしょうか。
うちの誌面に載せる内容の条件が、普遍性があって論理的である、なのにもかかわらず気づかれていなかったこと、なんですよね。なので、普段は通り過ぎてみんな気がつかなかったけど「実はここはこうなんだよ」っていうのを発見して行った時に、何で気がつかなかったんだろうっていう共感がないとダメなんです。そして、そこに普遍的な価値があるということ。ただ、赤かったとか、黄色かったっていう単純な情報だけではなくて、それが人生の上で豊かなことであったり、人に優しいことであったり、普遍的な価値が秘められているということを情報を集める際に大事にしています。
あと、最近はなんでもwebに載っていて、自分たちの足で稼いだ情報っていうのがすごく枯渇しているように思うので、webには載っていないことを探すように心がけていますね。
バス停を起点にしているのは、そもそも京都はバス停がめちゃくちゃ多いので、どこかを中心に回るという時に指針になりやすいんです。『ハンケイ500m』は、2ヶ月に1回の発行なので、最初のひと月にひたすら歩き回ってリサーチ、残りのひと月で制作をしています。かなり労力は使いますね(笑)。
Q2 これまでのリサーチや取材で、印象深いエピソードはありますか。
それはもう……いっぱいですね(笑)。載せきれないネタが多すぎて、3年ほど前からKBS京都さんで『サウンド版ハンケイ500m』というラジオ番組をはじめさせていただいたほどで……。
誌面では、京都の土壌における「職人」というキーワードに着目し、毎号巻頭に独自の哲学やポリシーを持った「職人」気質の方を特集しています。そこで取り上げる方々は、私が出会ったことのない価値観の持ち主ばかりなんです。なので、そんな考え方があるんだって毎回学ぶことが多くて。
例えば最新号(※取材時)のvol.61でいうと、女性がひとりでやられているカフェがあって、そこがとにかく広い空間なんです。まるでファミリーレストランかというほど(笑)。その方はカフェをはじめる際にとにかく広い空間を探されたんですよ。その空間の中にいろんな世界がつくれるということと、たくさんの人を一度に収容できるからという理由なんですけど、女性がひとりではじめる時に、そういう考え方ってやっぱり守りに入ってしまうとできないでしょう。すごいなと思いましたね。
あとは、大手半導体メーカー勤務から突然、無農薬の八百屋をはじめた方。もともと接客業が好きな方で、前職の経験から超分析家。接客業でありながら未経験でも手が出せて、競合他社があっても恒常的に売れるものはなんだろうと分析した結果、お肉、魚、野菜があると。でもお肉と魚は水道代や冷蔵ケースなど設備投資が高い。そこで八百屋をはじめられたそうなんです。すごく論理的で面白いですよね。
これはほんの一部ですけど、こうして人軸でお話ししていると、自分が今まで知らなかった考えに出会うことが本当に多いんです。やっぱり「カフェ」や「無農薬の八百屋」として、モノにフィーチャーして載せると、どうしても情報として埋もれてしまう。人にフューチャーしているのはそういうことですね。いろんなことが非常に新しくて面白いんです。
Q3 たしかに人軸で聞くと、お店紹介とはまた違った話に感じますね。
そうなんです。もちろん、最終アウトプットされるものが食べ物の時は、味わって美味しいということはついてくるのでそこの話もするんですけど。例えば、お店の人の思いとか、なぜそれをつくっているのかっていうことを聞いてから食べると、味って変わると思うんですよ。目をつぶって3つ並んだアンパンを食べるような味だけの調査ではなくて。もちろんそこより美味しいものも存在するのかもしれないけれど、なぜそのお店を取り上げたのかっていう理由が欲しい。
それに、話を聞いてから食べると、だからこんなに酸っぱいんだとかっていう理由も分かって、味わう方の気持ちも変わると思います。味以外の背景の部分が分かるように取材をしたいので、うちの誌面では美味しいとか味のことばっかりは書かないですね。値段を載せないことすらありますよ。この人が面白い! みんなそういう感じです。
Q4 街歩きの極意ってありますか。どういう嗅覚でネタを見つけているんでしょう。
あんまり偏見を持たないということは心がけていますね。流行っていようが流行っていまいが、まずは、何も考えずにパッと入ってみるようにしています。あえて穴場探しとかもしないですし。どんなお店でも、例えば100万回ネットに上がっているお店だったとしても、入る切り口が違ったらそれは全く違うものなので、誰も見つけていないことと同じですし。常に自分の審美眼を持って、そして店主の方と接するというのは必ずしています。
Q5 フリーマガジンの良さってなんでしょうか。
フリーマガジンは、本と違って100%が広告収入なんですけど。その場合、広告自体が面白くないとダメなので、創刊当初から広告という概念を捨てて、広告主であるお客さんと一緒にコンテンツ制作を行うということをやってきました。
フリーマガジンっていうのは、実はすごくシビアな世界で。というのも、例えば500円の本が売れ残った時に、200円や100円だったらもしかすると完売していたかもしれない、という風に思えるじゃないですか。だけどフリーマガジンは余っていたら、それは無料でさえもいらないということなんですよ。私はいつもそこと勝負をしている感じがあって。『ハンケイ500m』は、毎号3万部ほど刷っているんですけど、おかげさまで創刊以来1冊も余ったことがないんです。これは本当にありがたい話で、この本が無料だったらもらいたいというレベルには思っていただいているわけじゃないですか。
やっぱり出版業界も厳しい時代で、毎回3万部売れていたり、完売している本ってなかなかないと思うんですよ。なので、フリーマガジンの無料という特性を生かせば、面白いものである限り必ず3万人の方の手元に残すことができるんです。そこは常に勝負している部分であり、大きなやりがいでもありますね。
Q6 3万部全てを配布……。京都以外の反響はあるんでしょうか。
もともと『ハンケイ500m』をはじめるときに、観光情報誌にはならないようにしようと思ったんです。京都本ってほとんどが観光情報誌でしょう。京都の地元の人が見る本って案外少ないので、それをつくろうと思ったんです。でも、ツウの観光客っていうのが京都にはいて、観光から離れようとすればするほど、地元と言えば言うほど、ツウの方がついてきてくださるんですよ。それはもうびっくりして。京都ってそういうものなんだ、さすが観光都市だなと思いました。
なので基本は京都ですが、そういう意味で東京にも数か所置いていますし、大阪とか神戸とか、ほしいと言ってくださるところには置かせていただいていますね。
Q7 最近、気になる京都の噂ってありますか。
噂かどうかは分かりませんけど、最近京都の街を見ていて思うのは、地元に根付いてやってこられた個人のお店はやっぱり強いなということ。京都は観光都市なので、そこに特化するのももちろんなんですけど、観光客がパタリと来なくなった時に、どうしても大きな打撃を受けてしまいますよね。その点、もっと小規模な自分のできる範囲だけで商いをされているところは、たとえ観光客が来なくなっても、地元の方が買いに来るという行動は同じなので、商売としては何も変わらないんです。空港が閉鎖されても、旅行が規制されたとしても、ただ何も変わらずそこに存在しているっていうのは強いですし、地域に根付くそういうお店の存在って街にとってはすごく大事ですよね。
Q8 京都に根を張り、コンテンツをつくり続ける円城さんですが、改めて京都の好きなところはなんでしょうか。
誌面でいろんな方を取り上げていて思うのが、京都はいわゆるコンサルタントみたいな人が太刀打ちできない論理で商売が長く存在しているんですよ。
上賀茂にいつも満席のめちゃくちゃ美味しい洋食屋さんがあるんですけど、そこのご主人は、とにかく何でも自分でやる、お味噌汁のお味噌を溶くのすら自分でやらないと気が済まない人で(笑)。最近やっとポテトをマッシュするのだけ人に任せられるようになったらしいですけど……。
なので、お料理が出てくるのがすごく遅くて、途中で帰ってしまう人もいるくらいなんです。でも必ずいつも満席なんですよね。美味しすぎて、みんなあきらめずにまた来るんです。もちろん2号店も出せないし、店の回転も悪いし、お客さんに対して怒らせることもあるじゃないですか。商売のことだけを考えるコンサルとかだと絶対やめさせると思うんですよ。それでもこのやり方でずっと繁盛して、長い間続いている。だから京都という場所は深いなと思いますよね。そういう物差しが1本ではないなと感じさせられるところが、京都の好きなところです。
<プロフィール>
円城新子(えんじょう・しんこ)
京都のコンテンツ制作を手がける株式会社union.a(ユニオン・エー)の代表取締役であり、フリーマガジン『ハンケイ500m』の編集長。生まれも育ちも京都。
・HP:ハンケイ500m
企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):円城新子