2024.3.28
日文研の教授いわく、龍安寺石庭が「禅の庭」になったのは、昭和になってからのことらしい
噂の広まり
世界的に名高い龍安寺の石庭。しかし実は昭和のはじめ頃まで、この庭は訪れる人も稀なマイナースポットだったことをご存じでしょうか?それがなぜ、今のような禅の美の象徴、世界に誇る日本文化となったのか──人気を押し上げた出来事のひとつに、1950年代以降の西欧での「禅ブーム」がありました。
それを解きあかしたのが、国際日本文化研究センター・山田奨治教授の『禅という名の日本丸』(2005年、弘文堂)。同書では、外国人から注がれる視線によって、日本人が自国の文化に抱くセルフ・イメージを変化させ、また、文化それ自体のかたちも組み替えていった様が記述されています。今回、この「海外目線」が日本文化に与えた影響について、あらためて山田教授に解説いただくとともに、京都などの観光地として注目されるスポットの話題を軸に、変容していく文化と地域の関わり、そこで展開される観光体験のあり方を考えます。
Q1 まずは龍安寺の石庭が「禅の美の象徴」というイメージになった経緯を教えてください。
1950年頃まで、龍安寺は竹藪のなかにひっそりたたずむ、訪れる人も稀な寺院でした。明治期に出版された日本語の旅行案内や、英語で書かれた京都のガイドブックを見ても、龍安寺の石庭のことはほとんど載っていません。
風向きが変わった一因は、ドイツ人建築家であるブルーノ・タウトが龍安寺を訪れ、1936年に『日本の家屋と生活』という書籍を出版してから。ドイツ語で書かれたこの本には「禅精神の具現」というキャプションとともに龍安寺の庭園の写真が掲載されました。欧米における「龍安寺石庭=禅」という認識は、これがひとり歩きしたことが関係していると思われます。
そもそもタウトの龍安寺への訪問自体も“仕組まれた”ものでした。タウトを龍安寺に案内したのは、上野伊三郎(デザイナーとして知られる上野リチの夫)ら、モダニズムの建築家たち。削ぎ落とされた構成が特徴である龍安寺石庭を、合理性や機能性を重視するモダニズム建築の文脈において評価してもらいたいという狙いがあったようです。
ただ、先述のキャプションを除くと、タウトの書籍には龍安寺石庭を「禅の庭」とする表現は一切出てきていません。このキャプションは編集者が勝手につけたものでは、とも考えられますが、タウトほどの人物の著書となると、その影響力はかなりのもの。欧米で禅の大ブームが起きた1950年代後半から、禅思想と密接に結びつくアイコンとして、龍安寺の石庭は拡散していきました。
Q2 西洋圏の人々、特に、ビジネスや自己啓発への関心が強い「意識高い系」と呼ばれるような人々のあいだでは「日本といえば禅」という価値観が浸透しているようです。いったいなぜなのでしょう?
禅を求めて日本に来る人が急に増えたのは、戦後、1950年代末以降じゃないでしょうか。思想家の鈴木大拙がアメリカに禅を伝え、禅がポピュラーカルチャーになってブームが爆発するんです。いわゆる「仏教としての禅」じゃない入口の方から入ってきて、禅的=日本的というイメージを持った欧米人が日本にくるという現象が起き始める。鈴木大拙はそれを狙ってたわけじゃないんだけど、結果的にそうなってしまったんです。
Q3 海外での禅ブームを受けて、日本人の方でも「禅」をフィーチャーした日本文化コンテンツを推すようになった?
そうですね。たとえば福井県の永平寺では、門前にホテルを建て、“本格的な”禅体験とセットにした宿泊プランを設けています。館内には永平寺で研修を受けたという「禅コンシェルジュ」なるスタッフさんもいる。永平寺に厳格で神秘的なイメージがついたのは、昭和52年にNHKで放映されたドキュメンタリー番組の影響があるでしょう。僕も見ましたが、寒いなか修行している僧の体から出る湯気がくっきりと映るようなライティングなど、かなり映像的な演出がされていましたね。
Q4 外国人の賞賛で評価が変わった観光地は、ほかにもありますか?
京都の桂離宮は1933年にブルーノ・タウトが「発見」したとよく言われますね。タウト以前にも桂離宮を評価する日本人は多くいたようですが、彼が桂離宮について書いた書籍が流通したことで「西洋の有名建築家が認めた美しさ」という“お墨付き”を得たわけです。
最近でも外国人に「発見」された名所は、結構ありますね。島根県の足立美術館は、アメリカの日本庭園専門誌『数寄屋リビング:ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』のランキングで、21年連続世界一に選ばれています。その雑誌はメジャーなものではないらしいのですが(笑)、それでも西欧圏でとり上げられると、注目度は高まりますね。先日はニューヨーク・タイムズの「2024年に行くべき52か所」に山口県が選ばれて話題になっていました。アメリカのメジャー紙のお墨付きによって、これからたくさんの人が訪れるんじゃないでしょうか。
Q5 日本文化へのセルフ・イメージが、外国人からの評価によって変容するのはよくあることなのでしょうか?
そういう現象はいくらでも起きています。「クールジャパン」だってそうですよね。漫画やアニメなんて、ちょっと前まで、大人が漫画読んでいたら恥ずかしいものとされていました。それがいまや「日本を代表する文化です、コンテンツです」と、国を挙げてやっているわけですから。
Q6 “西洋人ウケ”を狙った観光コンテンツのなかでも、「禅」は誇るのに、「サムライ」や「忍者体験」は「イカモノ(フェイク)」だと笑う人が多いように感じます。その差はなんでしょう?
禅は、宗教として今も生きているのに比べて、本物の侍はもういない。忍者も、流派はあったとしても、職業としては断絶していますよね。アトラクション的というか、本物らしい見せ方をしても、あくまでも「再現」にとどまるからではないでしょうか。
Q7 観光用にステレオタイプに演出された日本文化体験も「イカモノ(フェイク)」と言えませんか?
いや、そこで本質主義に走っちゃダメだと思うんですよね。「本物はこれだ、それ以外は偽物だ」となるとよくない。なぜなら、そもそも文化というもの自体が外からのいろんな影響を受けて変わっていくものだからです。常に変わっていくのが文化であるという前提のもとで、文化を解釈するのが大切なのではないでしょうか。
ただ、いちばんもったいないのは、多様なはずの日本文化像がステレオタイプに押し込められ、窮屈なものになってしまうこと。龍安寺の石庭も桂離宮も、さらには日本文化そのものも、自由な解釈があって良いのではと思います。
Q8 地域がイメージに応えようと観光客向けになりすぎることで、もともとあった文化が壊されるといった心配はないでしょうか?京都でも、いわゆる「京都らしさ」が強い場所に観光客が集中することにより、オーバーツーリズムの問題が起きています。
大事なのはそれぞれのコミュニティがもつキャパシティを超えないようにコントロールすることだと思うんですよ。
バリ島なんかでは、観光用にディスプレイする文化と自分たちが暮らしのなかで守っていく文化とを、完全に分けてやっているでしょ?外貨を稼ぎつつ、生活文化を守るという意味では、アリなやり方かなと思います。つまり、京都で生活している人たちが自分たちの生活や、生活文化を守るために、「外向け」のものを別に置いておくっていうのは、戦略としてはあり得ると思うんです。
僕の友達に日吉の方で農家民泊をやっている人がいるのですが、先日、「お正月に外国の家族が来ることになったので、羽つき、餅つき、たこ揚げとか、普通だったらやらなくなっているようなお正月行事をやってみようかと思う(笑)」と話していました。わかりやすく「日本らしさ」を感じられるお正月の行事などが特に無い場所だったので、古くからある日本の正月の過ごし方をみてもらおうかと。
Q9 ステレオタイプも「使いよう」ということでしょうか?
ホスピタリティの一種なのだと思います。求めているサービスやものを差し出してあげる感覚ですよね。「外国の方が喜ぶので、こうするようにしました」でいいと思うんですよ。それを「昔からこうでした」「この地域はみんなこうです」と言ってしまうと捏造になりますが、外からの視線に応えてかたちを変えました、というところ含めて文化のありようですから。
Q10 文化を時間横断的にとらえ、今のかたちになった背景まで含めて楽しむ、そんな「文化研究者」になりきった旅をしても楽しそうです。外国人向けの忍者体験やサムライショーにも、新しい発見があるかもしれません。ところで、山田先生はご自身の旅ではステレオタイプな体験を回避されている?
文化研究者なので、「定番」な場所に終始しないように、スケジュールには事前に「フリータイム」を組み込んでおいて、その時間は現地で自由に歩くようにしています。とにかくピンときた道を進んでみるとか。すると、意外におもしろいものが見つかったりします。旅行計画を立てる時は観光サイトを見ることもありますが、そこについている評価の星の数は、自分の評価結果とは連動していないように感じます。みんながおもしろいと思うものであっても、みんなと同じように楽しむのではなく、もっと自分なりのおもしろがり方を探してみても良いのかなと思いますね。
<プロフィール>
山田奨治(やまだ・しょうじ)
1963年、大阪市出身。国際日本文化研究センター教授。専門は情報学、文化交流史。著書に『日本文化の模倣と創造』(2002年、角川選書)、『禅という名の日本丸』(2005年、弘文堂)、『東京ブギウギと鈴木大拙』(2015年、人文書院)、編著『縮小社会の文化創造』(2022年、思文閣)
✳︎『ポmagazine』の更新は下記からチェック!
・『ポmagazine』公式 X(旧Twitter)
・「梅小路ポテル京都」公式Instagram
企画編集:企画編集(順不同、敬称略):光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)