2022.12.28
【京都の蕎麦屋に聞く】蕎麦屋の思いは一言では表せないらしい
噂の広まり
年越しに欠かせない麺料理といえば「蕎麦」。麺とつゆのみで成立するそのシンプルさゆえ、蕎麦粉の種類や挽き方、打ち方、だしの種類や食べ方など……。一つひとつを突き詰めていく面白みがあるようで、脱サラやリタイア後に蕎麦を極める人も少なくないと聞く。
一方で京都は元来、蕎麦よりうどんが親しまれてきた、言うならば “うどん文化圏”。いわゆる街の食堂でいただく、関西特有の柔らかな麺をイメージする人も多いはずだ。
そんな京都でも近年、蕎麦に並々ならぬ思いを抱く、“求道心系”とも言うべき蕎麦屋が増えているらしい。言わずと知れた名店から新店まで、この街で評判になる蕎麦屋なら、店主のこだわりの深さは相当なものに違いない。それらを詳らかにし、あわよくば「蕎麦とはずばり◯◯だ!」などといった金言格言を賜るつもりだった編集部。
が、いざ店主らに話を持ちかけると一様に、「そもそもこだわって当たり前」「一言なんかでは言い表せない」「あんまりこだわりこだわり言われすぎるのもなぁ……」などと少々困惑気味……。
しかしよくよく考えてみると、そうして簡単に言い表せないところに彼らが蕎麦に没頭する要因、ひいてはその本質があるのかもしれない。自身の蕎麦のことを一言では表せない蕎麦屋。その本質を探るべく、3人の蕎麦屋店主との対話に臨んだ。
01 「生粋の蕎麦好きが挑む、“立ち食い蕎麦”のアップデート」〈suba〉
02 「唯一無二の存在を目指して。“自己表現”としての蕎麦づくり」〈手打ち蕎麦 かね井〉
03 「京都蕎麦界の伝道師が伝えたい、蕎麦の真骨頂」〈蕎麦屋 じん六〉
01 「生粋の蕎麦好きが挑む、“立ち食い蕎麦”のアップデート」〈suba〉
2021年大晦日の開業からまもなく1周年を迎える、清水五条の「suba(すば)」。古びた建物と現代アート作品が融合する空間で、自家製麺の蕎麦を立ち食い&セルフサービスで提供する“ネオ・立ち食い蕎麦”の雄である。
手がけたのは、フルーツサワーの火付け役となったサワー専門店「sour」や、自分で焼くスタイルが人気を集める焼き鳥店「炭火焼く鳥 ソリレス」などを成功させてきた鈴木弘二さん。
ポmagazineでも以前、その多彩な活動について取材し(以前の記事はこちら)、オープン前から噂となっていた「普通とはちょっと違う立ち食い蕎麦屋」を生み出した鈴木さん。改めて開業の真意やほかの蕎麦屋と一線を画する、subaならではの “蕎麦屋のあり方”についてたずねた。
ーサワー専門店、焼き鳥店に続いての立ち食い蕎麦屋。そもそもなぜ蕎麦に目をつけたんでしょう?
鈴木さん:僕自身もともと蕎麦好きで、本格的な蕎麦屋も立ち食い蕎麦屋もよく行っていたんですけど、京都は立ち食い蕎麦の店が少ないなぁと思っていて。あっても駅ナカのチェーン店くらいで、常におじさんが占領しているイメージですよね。ヘルシーかつ手軽にお腹を満たせる立ち食い蕎麦の良さを若い世代に伝えるなら、今までとは少し違うスタイルの立ち食い蕎麦屋が必要なんじゃないかっていうところから出発しています。
―立地といい、空間といい、たしかに既存の立ち食い蕎麦屋とは一線を画する佇まいです。
鈴木さん:当初は駅の近くに出す予定でしたが、めぼしい物件がなくて。ここは駅から少し離れているけれど、観光や買い物ついでにぶらぶら歩いているうちに立ち食い蕎麦屋に遭遇して、ちょっと食べていこうか……みたいなストーリーが頭に浮かんできて、案外悪くないかもと。京都の古い物件にしてはめずらしい間口の広さも気に入りました。
中は厨房付近を改装したくらいでほとんど手を加えず、“何もやっていない風”にしたつもりなので、おしゃれとかアーティスティックと言われるといまだに戸惑います(笑)。陶芸作家の橋本知成さんにつくっていただいたテーブルがうまいことハマったおかげでしょうね。
―ジャズもマッチしそうな雰囲気ですが、実際に流れているのはAMラジオというのもユニークで、どことなく本場讃岐のうどん屋さんの風情も感じられます。
鈴木さん:そうそう、製麺所に併設されたセルフサービスのうどん屋さんの立ち食い蕎麦バージョンと思ってもらえれば。ちなみにメニューは“自家製麺のかけ蕎麦”に特化しています。
―具体的なこだわりポイントがあればぜひ。
鈴木さん:一番は、だしですね。メニューをかけ蕎麦にしぼったのは、そもそもクイックに味わう立ち食い蕎麦であるということと、関西風のだしをしっかりと味わってほしいから。だし屋さんと相談しながら、本かつお節や宗田節、さば節などの節類と利尻昆布を合わせただしパックを開発し、従業員の誰でも同じ味を再現できるようにしました。
蕎麦のほうも特別に配合した二八蕎麦の粉を仕入れ、誰がやっても一定のクオリティを保てるようにと製麺機を使って製造しています。
―味はもちろん、プロセスの再現性や効率化にもこだわっているんですね。
鈴木さん:常時2、3人体制でスピーディに蕎麦を出せる仕組みでなければ、お客さんにとって使い勝手のいい立ち食い蕎麦屋にならないし、おそらく事業も立ち行かなくなる。僕らは蕎麦だけが専門ではないので、だし屋さんなり製麺機なり頼れるものには頼って、値打ちのある蕎麦が出せればいいと思っています。
―お品書きを見たところ、かけ蕎麦のバリエーションが豊富ですね。しかも、シャンパンやワインまで!
鈴木さん:具材によってだしに溶け出すうまみが変わって、新しいおいしさを発見できると思います。立ち食い蕎麦なのにメニューが独創的だとか、立ち食い蕎麦なのにシャンパンがあるとか、「◯◯なのに」っていうギャップを狙うのが好きなんですよね。それが話のネタとして誰かに伝わって、面白そうだから行ってみようとなるのを期待して。
―「立ち食い蕎麦」というジャンルのひとつのアップデートのように感じます。開店前後のギャップ、想定外だったことはありますか。
鈴木さん:そうですね。立ち食い蕎麦と縁のなかった若い世代ばかりでなく、近所のおじいちゃん、おばあちゃんまで立ち寄ってくれるようになったのはちょっと意外でしたね。老若男女、いろんな世代の人にこの場所で立ち食い蕎麦の魅力を再発見してもらえるとうれしいです。
suba
京都市下京区木屋町通松原上る美濃屋町182-10(松原橋西詰)
営業時間:12:00〜23:00
定休日:インスタグラムで要確認
https://www.instagram.com/subasoba/
02 「唯一無二の存在を目指して。“自己表現”としての蕎麦づくり」〈手打ち蕎麦 かね井〉
京都・西陣の風情ある街並みに溶け込む「手打ち蕎麦 かね井」。町家を改装した座敷の店内で過ごすゆったりとした時間が心地よく、行列ができる人気店だ。
店主の兼井俊生さんは、蕎麦好きのロマンとされる“脱サラして蕎麦屋開業“をここで成し遂げ、23年の歳月が経った現在も、店の代名詞である”石臼挽き十割蕎麦“の理想を追い続けている。
ストイック、ひたむき、謙虚……。そんな言葉がぴったりの兼井さんに蕎麦への思いを聞いてみた。
―そもそも蕎麦のどんな部分に惹かれて、独立を意識するようになったんですか。
兼井さん:最初のきっかけは、おいしいお蕎麦との出会いです。かれこれ30年ほど前、飛騨高山のあるお蕎麦さんで食べた手打ち蕎麦がものすごくおいしくて。その後もそのお店に通いつつ、各地の手打ち蕎麦の名店を訪ね歩くようになりました。そうしたなかで気づいたのが、お蕎麦屋さんの個性の豊かさです。蕎麦、店づくり、器といったあらゆるもので“自分”を表現できるところにすごく魅力を感じました。
―兼井さんにとって蕎麦屋は“自己表現の場“なんですね。その気づきを得た時点では、蕎麦打ちの経験はなかったんですよね?
兼井さん:はい、そこで早速、飛騨高山のその店の大将に弟子入りしたいとお願いに行ったのですが、断られてしまいました。「教えるのは構わないけれど、僕の真似をしたって仕方ないでしょ。困った時は助けるから自分でやってみなさい」って。
修業しながら蕎麦屋の構想を練ろうという目論見が外れてショックでしたが、大将のアドバイスに従って独学の道を選びました。会社勤めをしながら“蕎麦”と名の付く本を片っ端から読み漁り、あちこち食べ歩きもし、家で蕎麦打ちの練習を繰り返す。店を出すまでの2年間はそんな毎日でした。
―そうして行き着いたのが、石臼挽きの十割蕎麦。
兼井さん:はじめからそれと決めていたわけではなく、自分でいろいろな方法を試した結果ですね。たとえば、のどごしの面で十割は二八に劣ると言われますが、いい材料を選んできちんと粉を挽けばのどごしよく仕上がることがわかって。本に書いてあるような蕎麦の通説は、はっきり言ってアテにならないことが多いです。
―材料選びや粉の挽き方以外にもこだわりがありそうですね。
兼井さん:こだわりを語り出したらキリがないんです。たとえば、「材料は産地にこだわっています」と言うのは簡単ですが、同じ産地のものでもその年の気候や収穫時期などによって実の性質が異なるため、それに応じて一度に挽く量、挽く回数、ふるい方、水を加える量などを微調整しなければなりません。明確な答えなどはなく、試行錯誤は今も続いています。
―20年以上の経験を積んだ今も試行錯誤の連続とは、ちょっと驚きです。
兼井さん:いやいや、10年やろうと20年やろうと“蕎麦を極める”なんてありえません。蕎麦は材料そのものが生きものですし、それを扱う僕自身もまた心身の状態が日々変化する生きものですから、互いのわずかな変化をとらえ、折り合いをつけながら、その日その日で納得のいく蕎麦を打つしかない。正直しんどいことも多いですが、一筋縄ではいかないところに面白みを感じているのも事実です。
―蕎麦をつくるうえで心がけていることはありますか。
兼井さん:精神論みたいになってしまいますが、ひたすら一生懸命やることでしょうか。こんなもんでいいかと妥協したら、それなりの出来にしかならないし、楽しみに来てくださるお客さんに対しても失礼ですよね。だから毎日が真剣勝負。常に緊張感を持って仕事に当たっているつもりです。
―お蕎麦をいただく我々も心して臨まなければなりませんね。
兼井さん:そんなに気負わなくても大丈夫ですよ(笑)。蕎麦の食べ方にも“◯◯すべし”“◯◯べからず”といった通説・迷信が多々ありますが、蕎麦打ちの通説と同じく鵜呑みにする必要はないと思います。たとえば、蕎麦に必要不可欠とされている薬味のわさびは、蕎麦が粗悪だった時代に苦味や雑味を和らげる目的で使われはじめたものなので、使うかどうかはお客さんのお好み次第で。食べ方について唯一申し上げたいのは、お蕎麦が出てきたら伸びないうちに1分1秒でも早くお召し上がりください、ということですね。
―板わさや焼き味噌などお酒のアテも充実していますね。それらをゆっくりと楽しみ、シメにお蕎麦を食べるという粋な過ごし方ができそうです。
兼井さん:今の時代、昼間に蕎麦屋でのんびり過ごせる人がどれだけいるんだろうかと、蕎麦にしぼることも考えましたが、やっぱり蕎麦前で一献召し上がって蕎麦でしめるという文化をつないでいきたくて。京都の中心部から離れたこの地に店を構えたのも、蕎麦屋ならではの緩やかな時間を提供したかったから。僕がとやかく言うことではないけれど、ここにいる間はスマホの代わりにお庭でもぼーっと眺めて、自分を見つめ直す時間にしていただけたらなと願っています。
手打ち蕎麦 かね井
京都市北区紫野東藤ノ森町11-1
営業時間:11:30〜14:30(なくなり次第終了)
定休日:月曜休(祝日の場合は営業、翌日休業)
03 「京都蕎麦界の伝道師が伝えたい、蕎麦の真骨頂」〈蕎麦屋 じん六〉
地下鉄北山駅のほど近く、北山通に店を構える「蕎麦屋 じん六」。京都の蕎麦を語る上では欠かせない名店のひとつで、ここで蕎麦づくりを学んだのち独立した人気店も。
店主の杉林隆行さんは、理想の蕎麦を独学で追い求めた結果、既存の素材では満足できず、なんと自ら全国の農家と蕎麦の実の栽培をスタート。さらには、もともと機械好きだったことから自作で石臼までつくってしまうという熱量……!現在も全国の蕎麦屋や農家との意見交換はもちろん、そのノウハウをブログやSNSで発信する、とにかく研究熱心・教育熱心な杉林さん。蕎麦の伝道師とも称される杉林さんの中で静かに燃える蕎麦への思いに迫った。
ー1995年にオープンと聞きましたが、そもそも店をはじめたきっかけは何だったんでしょうか。
杉林さん:驚かれるかもしれませんが、実をいうと僕はもともとあまり蕎麦が好きではなかったんです。食べることが好きで何か飲食業をはじめようと思った時に、当時は京都でまだあまり手打ち蕎麦の店というのがなかったのでやってみようと思ったのが最初です。なので、あまりおいしい蕎麦というものを食べたことがなかったのですが、独学でいろいろとやっている間に、蕎麦ってこんなにおいしいものやったんやと思うようになりました。
ー蕎麦が好きではなかったとは驚きです。今では蕎麦の実の栽培までされているんですよね。
杉林さん:オープン当初、ある産地の農家さんに蕎麦粉を卸してもらっていたんです。それがすごくおいしかったのでまた別の時期にもう一度頼んだら、味が変わっていたんです。そこで農家さんから聞いたのは、蕎麦っていうのは農作物なので変わって当たり前ですよと。年ごとや季節ごと、その時の状況によって違うものになると。それから蕎麦の実の生産現場のことを知るべく、自分の足で直接農家さんのもとへ出向くようになりました。
ーお店の看板メニュー「蕎麦三昧」だったり、日々違う産地の素材を使ったりと、産地には思い入れがあるように感じます。
杉林さん:たとえば同じ北海道産だったとしても、地域によって味や香りが全然違いますし、僕はそこをお客さんにも楽しんでもらいたい。あまり蕎麦が好きでなかった僕が発見したみたいに、来てもらったお客さんにもお蕎麦ってこんなところがあるんだっていう風に感じてもらいたいですね。
ーほんのりとした甘みや味の濃さなどそれぞれ違いが楽しめますね。
杉林さん:蕎麦って、挽き方とか打ち方とかいろいろありますけど、極端に言ったら材料と水だけですからね。適当につくろうと思ったら簡単ですけど、蕎麦の実をいかに粉にするか、いかに打つか、いかにゆがくかっていう風なところでまったく違うものになってきますよね。それこそ、ほかの部分が一式見合っていたとしても、どこかひとつがダメだと全部が台無しになってしまう。
麺をゆがく時間も、茹で上がった時の湯気の香りで、もうちょっと長く、もうちょっと短くっていうのを調整しています。たとえば最初30秒だったのを、29.75秒にしてみたり。日々試行錯誤を重ねています。
ー0コンマ何秒の世界なんですね……。こうして緻密に研究されたノウハウを自ら発信されているのはどのような思いからなのでしょう。
杉林さん:単純にお客さん目線として、もっといろんな店でおいしい蕎麦が食べられたら面白いな、みたいなことです。蕎麦の実を栽培する農家さんにもフィードバックをしたり、うちで挽いた蕎麦粉をほかの店舗さんに卸したり。そうやって蕎麦業界全体の水準がもっと上がっていくといいなと思っています。
ただ、蕎麦は本当に奥が深い。僕自身、開業するにあたってどこにも修業に行っていません。修業に行くと、その修業先が一番みたいになってしまうような気がして。その辺のしばりがなかったので型にはまらず、20数年やっていてもいまだに発見が多いんです。
ー何年やっても発見があるって素敵です。
杉林さん:正直、自分でもいい仕事にありつけたなと思っていますよ。いまだにああでもないこうでもないってずっといろんなことで悩んで試行錯誤して。うちの蕎麦を食べて蕎麦の面白さに気づいたり、少しでも興味を持ってくれる人が増えたら良いなと思いますね。
蕎麦屋 じん六
京都市北区上賀茂桜井町67
営業時間:11:45~16:00(なくなり次第終了)
定休日:月曜、第4火曜休(祝日の場合は営業、翌日休業)
https://zingrock.com/
独自の感性で立ち食い蕎麦界に新風を吹かせた「suba」、店主渾身ののどごしなめらかな十割蕎麦をゆったりと愉しめる「手打ち蕎麦 かね井」、あくなき探究心で日々進化を遂げる「蕎麦屋 じん六」。
店主のキャラクターも自慢の味も三者三様の個性派ぞろいだが、共通点も垣間見えた。
それは、純粋に蕎麦が好きであること、蕎麦のおいしさ、楽しみ方を体感してほしいという想い。すなわち、“蕎麦愛”だ。
ある店主が言っていた。「こだわりは自ら語るものではなく、お客が感じるもの」。それならば、どこまで感じ取れるか、自分の舌でたしかめてみるしかないだろう。
企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
テキスト(敬称略):岡田香絵
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