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音博2020で構想された幻の企画が来年復活するかもしれないらしい【岸田繁さんインタビュー・後編】

「ポmagazine」編集部
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前編・後編の2本立てでお伝えする、くるり・岸田繁さんへのインタビュー。前編では、オンライン開催となった過去2年の音博の思い出と、「ターニングポイント」となる今年の音博に懸ける思いを語ってくれた岸田さん。後編では、2年前、音博2020のために構想されたという幻の企画「しげる散歩」の存在が明らかに。なぜ「しげる散歩」は実現しなかったのか、そして「しげる散歩」とはどんな企画だったのか。これまでの音博で演奏された曲にまつわる、知られざるエピソードも交えてお届けします。

「しげる散歩」とはなんだったのか?

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— 2020年、2021年に試行錯誤するなかで形になったもの、ならなかったものがあり、「しげる散歩」は結果として実現には至らなかった企画のひとつだと聞きました。構想としては、京都のまちを岸田さんと一緒に歩いているような映像にする予定だったとか。

岸田:そうですね。当時、企画担当者の方と三条商店街を歩きながら打ち合わせしていたんです。コロナ禍でしたのでお店に入るわけにも行かず。そのころ、基本は引きこもっていて、行くところといえば山か川か、みたいな状況だったので、誰かとほっつき歩くこと自体が刺激的だった。これをそのまま映像コンテンツで再現できないかという話になったんですよね。

— 実現しなかったことに残念な気持ちはありますか?

岸田:いや、結果的にはあのタイミングでやらなくて良かったと思います。実現していたとしても、すれ違う人の顔も、僕ら自身の顔も不安に苛まれている雰囲気をまとってしまっていたんじゃないかな。実際にトレーラームービーとしてつくられた制作ドキュメントが、あの時のベストだったと思いますね。だから「しげる散歩」をつくるなら、来年ぐらいにできたらいいんじゃないでしょうか。

音博での演奏曲から振り返る 岸田さんゆかりのスポット

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— 「しげる散歩」をもう一度構想するなら、どんな場所を歩くのが良いでしょう。これまで音博で演奏された曲を振り返って、その曲ゆかりの場所になっているようなスポットも、京都にはいくつかあるんじゃないでしょうか。

岸田:そうですね、たとえば『京都の大学生』っていう曲は、歌詞の出だしで「四条烏丸西入ル 鉾町」とありますね。それで、最後の「206番来たからとりあえず後ろに座った」の部分、これは市バスの206号系統のことなんですが、ここにツッコミがきたことがあって。「206号系統って四条烏丸を通らない路線なのでは?」と。

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『京都の大学生』はこれまで合計6回の音博で演奏されている

岸田:でもね、自分のなかではちゃんと筋が通っているんです。この曲の主人公である「京都の大学生」は、市内の大学に通っている、鉾町で商売をやってはるとこのお嬢さんなんですよね。その彼氏は、僕の地元でもある北区あたりの生まれ。元ヤンっぽい、同い年やけど大学行ってなくて、役所で働いてて、っていう男の子。主人公の大学生の女の子は、おしゃれな子でパリに留学なんかしたいなと憧れている。一方、彼氏のほうは自分で働いて、そのお金でパチスロ行ってる。そんな設定なんです。

— 大学に通う鉾町生まれの女の子と、役所で働く北区出身の男の子のカップルの曲なんですね。

岸田:その彼氏に彼女がちょっと嫌気がさすわけです。もうパリに行ってこのもやもやした生活から抜け出したい。そんなことを思いながら、寒いなかひとりで市バスに乗るんですよ。ここで、バス停に来るバスが206番なのは、彼氏に会いに北区まで行った帰りだからなんです。彼氏とデートして、北区から四条烏丸に戻ろうと思ったら、地下鉄の烏丸線に乗ることになる。でも女の子はもうどこにも行きたくない、帰りたくない。だから206番に乗るわけです。市内中心部を通らず、ずっとぐるぐる外を回っている路線だから。

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岸田:次は2008年にやった『五月の海』。これ、曲にスティール・ギターの音が入ってるんですけども、そのスティールギターを弾いてくれてる人は、元々、ライブハウスの「磔磔」でバイトしてはったおじさんなんですよ。プロとして活動されているわけではないのですが、ギターが上手で、すごく面倒見がいい方でね。有名かどうかにかかわらず、良いミュージシャンの方が京都にはたくさんいると思います。

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「くるりは『磔磔』や『拾得』で育てていただいたバンドだという感覚があります」と話す岸田さん

岸田:音博で何度か演奏している『Remember me』という曲は、三条の釜座を上がったところにある「music studio SIMPO」というスタジオでつくりました。これはすごく締め切りがハードだったんですよ。SIMPOで急いで何曲かつくって、同級生のエンジニアに「どれが好き?」って聞いて「これとこれとこれ」って言われたものをつなぎ合わせてできた曲なんです。

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岸田:『夜行列車と烏瓜』は、2016年の音博、そして2013年の「京都音楽博覧会 Presents MIYAKO MUSIK」のステージで演奏しましたね。「MIYAKO MUSIK」は河原町三条にあった「VOXhall」(現在は烏丸今出川に移転)で開催されたんですが、ここはくるりが最初にライブをやった場所なんです。

— 『夜行列車と烏瓜』は最初期につくられた曲ですよね。最初にライブをした場所で、この曲がトリとして演奏されるというのは、ファンとして胸が熱くなる方も多かったんじゃないでしょうか。

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— 2020年には岸田繁楽団の演奏もありました。ナポリ民謡の『Santa Lucia』を見事に歌いあげていらっしゃいましたが、音博のセットリストにナポリ民謡が入ってくるとは、という驚きがありました。

岸田:これはね、中学校の時に音楽の授業で習った歌なんです。僕、音楽は好きだったんですが、あまり出来の良い生徒ではなくて。授業で歌うのはあまり好きではなかったんですが、こういうナポリ民謡とかオーストラリア民謡は楽しく歌えたんですよね。その時に何年か担任を受け持っていたのが、その音楽の先生だったんです。

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岸田:当時、僕は大学進学がギリギリで。その先生に「お前どうすんねん」って言われた時に「ちょっと僕、音楽やりたくて」って言ったんです。そしたら「アホか」って言いつつも専門学校の資料を取り寄せてくれたり、授業後の音楽室でクラシック音楽の和声法を教えてくれたりしてね。とてもお世話になった記憶と結びついていて、『Santa Lucia』は思い出深い曲です。

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「エレキギターにハマって、和声法の学習は途中でやめちゃったんです」と笑う岸田さんだが、コンサートに何度か来てくれたりと、先生との交流は卒業後も長く続いている

「しげる散歩」ではあえてまったく知らない場所を歩きたい

— 京都の久しぶりに会いたい人や行きたい場所に「しげる散歩」で訪れてみても良いかもしれませんね。

岸田:うーん、そうですねえ。でも正直、僕は「しげる散歩」をやるなら、あえてゆかりの無い場所に行ってみたいと思うんですよ。

— ゆかりの無い場所ですか!それはなぜなんでしょう?

岸田:京都と一言で言っても、地域によって成り立ちもおもしろさもさまざま。僕自身含め、京都に住んでいる人でも、知らない場所のことは知らないんじゃないかなと思います。京都に住む人も知らない、でもその地域の人にとっては当たり前みたいな、そういうものに出合えたらおもしろそうですよね。

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岸田:梅小路という地域も、ある意味では長らく見過ごされてきたエリアだと思うんです。しかし音博を行ってきたこの十数年のあいだに再開発されていろいろなものが出来てきた。「再開発」というとスクラップアンドビルドなイメージを受けますが、梅小路においては、元々の文化や植生を大事にするやり方で開発が行われてきた印象があります。重なった地層から芽が出て、何かが新しくはじまる、そんな力を秘めた場所が京都にはまだまだあるんじゃないかなと思えますね。

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音博が「フェス」ではなく「博覧会」である理由

— 最後に、今年の音博の“最強ポイント”を教えてください。

岸田:それはもう、すばらしいアーティストの演奏を目の当たりにできるところに尽きますね。たとえば今年はAntonio Loureiro(アントニオ・ロウレイロ)という、若くして脂がのりまくっているアーティストが、地球の裏側であるブラジルからやってきてくれます。彼の演奏はぜひ記憶に焼き付けていただきたい。「音楽にはここまでの力があるのか」とあらためて驚くような、そんな音楽体験になるはずです。これまで知らなかったアーティストのパフォーマンスを見て、聴いて、鳥肌が立つような感動に出合ってほしい。京都音楽博覧会が「フェス」ではなく「博覧会」である理由はそこにありますから。

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企画編集:光川貴浩、河井冬穂(合同会社バンクトゥ)
撮影:牛久保賢二
企画協力:石野亜童(E inc.)

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