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田歌舎のショップ入り口 「田歌舎」と彫られた木製の看板が置かれている

自給自足の暮らしを一から学ぶ!一組の夫婦がセルフビルドした「村」が京都の美山にあるらしい【村活最前線・田歌舎編】

沢田眉香子
編集・著述業

噂の広まり

独り言

都会に疲れ、田舎暮らしに心ひかれものの、そのためにどんな知恵や技術がいるのかわからない、と二の足を踏む人は多いだろう。そんななか聞こえてきたのが、集落で住み、食べてゆくノウハウを伝授して何人もの“新人村民”を育成しているという、全国でもレアな「村活」研修所の噂。京都・美山にあるという「田歌舎」へ、その実態を確かめに行ってみた。

田歌舎の建物外観

里山の暮らしを「見える化」「学べる化」     

田歌舎から見える美山の景色と畑

茅ぶきの村に観光客が多く集まる、京都の北の里山、美山。付近にはカントリー系のカフェやレストランが数多く点在するが、そのひとつに「田歌舎」がある。

ログハウス風のレストランとバーベキュー場、ジビエの販売所、ふたつの宿泊棟からなる。ここまでなら、よくあるナチュラル体験リゾートだ。しかし「田歌舎」はそれだけではない。この広大な施設の敷地には、食料自給のための田んぼと畑、家畜小屋そして猟で獲った動物の処理場とその残渣を堆肥にする場所もある。水道の蛇口は天然の湧水から引きこんでいて、熱源は薪とソーラー発電。つまり、万全のライフラインがそろった、暮らしの場としてかなり「本気」の集落なのだ。

田歌舎全体のイラスト
居住、農耕、狩猟、滞在とレジャー施設が一体になった、小さな独立国のような「田歌舎」

まるで小さな独立国のような自給自足ぶりに驚いた。いや、正直なところ、もっと驚いたことがある。これをつくったのが、自治体でも、エコビジネス起業家でも、ヒッピーでも新興宗教の教祖でもない、ひと組のご夫婦だったということだ。

代表の藤原誉さんと妻の有さんは、30年前にこの地にやってきた。「ほったて小屋」からスタートし、この村のすべてをスタッフたちとセルフビルドで作り上げてきた。

代表の藤原誉さん
代表の藤原誉さん。ミュージシャン志望だったというだけあって、言葉にも身のこなしにもリズムとグルーヴがある。現在、新しい鶏肉処理場の小屋を構想中らしい
レストラン棟の外観
レストラン棟。ライブラリーもある
レストラン棟内観
レストラン内部。特徴的な放射状の梁
宿泊用コテージ内観 日が差し込む窓の近くにハンモックがかかっている
コテージ。全館に薪ストーブがあり、夏は風が入り、自然の空調がはたらいている構造

今の知識と営みのベースになっているのは、そのころの70代、80代、90代の人たちから学んだことです」と、誉さん。その無謀とも見える移住生活に、周辺集落の人たちは当初、あきれ気味だったという。しかし藤原さんは、彼らから自然から糧を得る知恵を学び、少しずつ生活の基盤をつくっていった。

これだけの施設を、研修生を率いて運営する代表である。会う前は「怪しげな教祖か、ヒッピーみたいな人だったら、どうしよう」とビクビクしていたのだが、実際の藤原さんはワイルドめの爽やか兄貴)。音楽好きで、取材に訪れた時も、サザンオールスターズをBGMに、製材作業に汗を流していた。

敷地内に10棟以上ある建物は、すべて藤原さん自身の手で建設したもの。すべての建物がボルトなどの金属に頼らず、一般より太い材を用いて伝統的な継手、工法で頑丈に作られている。使うのは、地元の木、裏山からの間引き材だ。壁紙や集成材を一切使わないことで、木が呼吸して自然の風を取り込み、薪ストーブの熱が室内をしっとりとあたためる。

敷地内にある堆肥の処理施設
奥に見えるのが、処理した動物の残渣を堆肥にする施設。肥料は田畑で使われ、資源が循環する

「外来の資材やお金を使えばできることって、誰にでも真似できることなんです。けど、こうやって地域の資源を生かした工夫は、マニュアル作業ではできない。そこを実践することに、俺は価値を置いているんです」。

鹿肉のステーキ
田歌舎の畑で採れた野菜などを使った前菜4種盛り
藤原さんの妻・藤原有さんが手作りするランチの一例。調味料類以外は、一年中、自家栽培のものばかり。寒暖差のある空気、きれいな水で育った野菜や、狩猟で得た鹿肉だ

「たとえば、建物の柱の土台の礎石も、ホームセンターで買ったブロックではなく、ここにあった石を使っている。こういう工夫の基礎となる部分は、ずっと前から受け継がれて、集落全体で行われてきたこと。それを今の社会は受け継げていないよね。そういう技術を含めて、集落の知恵は続いて行かな、あかんと思う」。

オーナーが自ら建設した建物の柱 柱の下には沈下を防ぐための礎石が設置されている

土地に根を張るように立ち上がり、その地の環境を取り込みながら枝葉を伸ばして、自給自足で持続してきたのが集落の生活だ。集落内では一年を生きのびるための知恵や暮らしのシステムが伝わってきたが、外に共有されることはなかった。それを今、この地にやってきた藤原さんが学び、受け継ぎ、今では、次の世代に伝えることに力を注いでいる。

ここに働くスタッフは若い研修生たちで、農業や狩猟など、山の暮らしを実地で学んでいる。これまで約30人が学び、「卒業」後、他所の村で自給自足生活をやっている人もいるそうだ。

自分たちのビジョンに、「持続可能」「サステナブル」という言葉のほうが、追い付いた

田歌舎のショップ入り口 「田歌舎」と彫られた木製の看板が置かれている
2004年にレストランとガイド1人だけのアウトドアの店からスタートした田歌舎

藤原さんの目指した暮らしは今でこそ「持続可能」という言葉で説明されるが、「その言葉が生まれてきて、後付けで俺らのやっていることを表現してくれている感じがあるね」と言う。自然を守り、活用しながら環境を再生産してゆくビジョンを、藤原さんは「持続可能」という言葉がまだ耳新しいものだった2002年、田歌舎を立ち上げたころから抱いていた。

戦争や災害が身近に迫る昨今、「持続可能」は、悲しいかな切実な課題になってきている。「サバイヴする能力を、もっと高く持ってほしいと思う。日本は豊かだから、身近な環境で自給自足できる可能性があると思う。そのお手本になりたい」。

田歌舎の畑
農薬は最小限、化学肥料を一切用いず、自作した堆肥などの地域資源で循環農法を実践している
畑で飼われているヤギ
ヤギのミルクはアイスクリームに。疑いようのないグラスフェッドだ

とはいえ、自然の中でのサバイバルは、都会暮らしの人間にはハードルが高い。「急にどっかの村に入っても、他人は教えてくれないものだから。教えてくれたお爺たちも今ではいなくなってきている。だから知恵を守ろうとするなら、もうちょっと想像力を働かせないといけないですよね」。

藤原さんが先達から学んだ知恵を伝えている、田歌舎の研修生たちは、20代から30代の男女6名。ここでの学びの実態を聞いてみた。

癒しを感じてる暇はない? 自然相手の仕事は、毎日、一年中、大忙し

土屋浅黄さんは8年前、猟師になりたくてネットで情報を探していたところ現地に住みながら猟を学べる田歌舎のことを知った。研修期間を経て、一時は正社員となったが、今は柔軟に動きたいとアルバイト待遇を選び、狩猟と、肉の加工・販売を担っている。

スタッフの土屋浅黄さん
研修生として3年を越えると社員扱いに。土屋さんは、自由が効くアルバイト待遇を選んで、食肉処理と販売のすべてを担っている

「田歌舎に入ったのは春で、猟はオフシーズンだったんですが、農業の手伝いとか、猟に関係ない仕事がいっぱいあって、戸惑いました。でも、全部をまずやり切ることにしました。そうやってメンタルを鍛えることが大切だったんだと、あとになって思えるようになりました。それとスピード感の大切さも身にしみました。猟では、早く動かないと獲るのも処理するのも間に合わない。私は猟のシーズンまで、朝から晩までビシバシ働かされたから、基本的な動き、瞬発力を身につけることができたと思います」。

土屋さんが田歌舎での仕事をカレンダーにして、かわいく「見える化」したのがこの図。

田歌舎の「年間営みカレンダー」。時期ごとに村で行う仕事がイラストや写真とともに書かれている
田歌舎の「年間営みカレンダー」。時期ごとに村で行う仕事がイラストや写真とともに書かれている
田歌舎の「年間営みカレンダー」。膨大なタスクがあるが、これでも、全仕事のほんの一部

春の山菜摘みや家畜の出産、米づくりの準備、味噌の仕込み、夏にはラフティングや宿泊にやってくる客のガイドの仕事もあり、野菜の収穫も忙しい。秋には材木を運び、薪割りなどの冬じたくが始まる。そしていよいよ猟のシーズンだ。

生まれてからずっと自然の中の集落にいる人にとっては、おそらく当たり前のルーティンだが、都会の人間には、のどかな田舎の暮らしにこれだけのタスクがあるとは想像もできない。

田歌舎で飼われている鴨の群れ
鴨もマルチな働き者。合鴨農法の田んぼで雑草と虫の駆除に勤しみ、秋にはおいしい鴨鍋になる

実際「自然と暮らしたい」と憧れて研修生になったものの、仕事の多さに戸惑う人は多いそうだ。「研修生には、『山で生きていく勉強がしたい』という人が多いけれど、けっこう混乱する人もいます。『今関わっている作業、システムのなかで、何が正解かわからなくなって、なんでこんなに毎日、忙しいの?』て」。

村のシステムは、自分の都合ではなく、自然と家畜の都合で動く。人はそれに遅れを取らないように休みなく、素早く動かないといけない。

もうひとつ、自然に憧れる人には、人付き合いが苦手でマイウェイな人が多いが、村の生活で大切なのは連携とバランスだ。

地域の人との連携、バランスを大切にする

「『僕は1人でやりたいんです』って言う人は、けっこう多いです。でも、魚釣りを1人でやる、猟で自分が食べられるだけ獲ればいいっていうのは、趣味なんです。ここでの狩猟はチームで行うから、どういうやり方をするのかは自分だけの問題じゃないし、大きいフィールドで、農家の人とか地域の人とその暮らしがどういうふうにつながってゆくのか知っていないといけない」と、土屋さん。

今、里山では害獣駆除の問題が深刻化している。集落にとって新参者である田歌舎のハンターも、今では地域の暮らしを守るシステムの一端を担っている。

雪景色の中、狩猟用の銃を持って写真に写る田歌舎のメンバー
田歌舎のメンバーのハンティング風景。集落から害獣の駆除を依頼されることも多い
田歌舎のジビエ売り場
田歌舎のジビエ売り場。駆除対象になっている動物を隅々までおいしく。鹿は塊肉からミンチまであり、さまざまなお料理に。豊かな自然の中にいた動物は、味もいい
田歌舎で販売されている鹿の角
鹿のツノも購入できる

「ここにいると、何かをやるのには、全部バランスよくできてないと完成しないっていうふうに思うようになりました。一つひとつを適当にやっていたら、それはプロの仕事じゃない。狩猟も農業もすべてバランスが大切」。

そんな、本当の意味でのオーガニック(自然に生成するシステムや連携)を心身に染み込ませ、「プロ田舎生活者」になるべく学んでいるのが、田歌舎の研修生かもしれない。

田歌舎では、ビジターに向けて、クライミング、ラフティング、カヤック、狩猟見学など四季折々の自然体験メニューを用意している。また、農業や狩猟、鶏の屠殺など、自給自足の村での暮らしの体験もできる。訪ねた日は、教育系の大学の学生が鶏の屠殺を体験していた。食育や「命の教育」体験のために田歌舎を訪れる人は多い。

田歌舎で飼われている猟犬が土屋さんに撫でられている
賢い猟犬がお出迎えしてくれる

「自然の中でサバイバルするとはどういうことか?」を体験。また、田舎暮らしへの入口として参加してみるのも良いだろう。

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企画編集(順不同、敬称略):光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)、沢田眉香子