0

「田舎体験」じゃない。未来の暮らしが見える「村活」、京都で進行中【村活最前線・大見新村編】

沢田眉香子
編集・著述業

噂の広まり

独り言

遠くない将来、日本の自治体のうち4割が消滅してしまうと言われている。存続をかけて、多くの自治体が移住促進や田舎体験コンテンツの開発に取り組むなか、あえてそんな“定番コース”を目指さない、新しい「村活」が京都にはある。

アート思考で廃村を再生する「大見新村プロジェクト」

京都市左京区の北、市街地から1時間ほど車を走らせた場所にある「大見村」。平安時代に遡る古い村だが、生活の不便さなどから1973年に集団離村となり、40年あまり無住集落だった。集落跡には人の気配のない家屋が点在し、鹿や熊も頻繁に出没。深い木立が迫る。人が離れた里山は徐々に荒野に戻ってしまう。

大見村にたったひとりで住んでいた藤井康裕さんと、建築家の川勝真一さんのふたりが立ち上げたのが「大見新村(おおみしんそん)プロジェクト」。2012年から他のメンバーも加わり、動き出したプロジェクトの記録が、2019年、京都芸術センターで『逡巡のための風景』としてインスタレーション展示された。

『逡巡のための風景』(京都芸術センター、2019)ブルーシート、作業工具、朽ちた倒木。進行中のプロジェクトを生々しく伝える(撮影:前谷開)

この展示を、筆者はたまたま見たのだが、ちょっとした衝撃を受けた。ブルーシートの上に、泥まみれの倒木や草木、廃材と、工具が並んでいる。生活の痕跡を侵食する自然の猛威に、重機や工具を手に抗う、泥臭い再生の作業。土地には元住民の権利や愛着も残っている。メンバーは行政や地域と交渉を重ねた。その議事録も展示されていた。ひとつの廃村の再生にかかる熱量を「見える化」したインスタレーションだ。

多くの再生プロジェクトは、人口増をゴールに据える。「大見新村プロジェクト」も「10年後に3世帯移住者を増やす」という目標を立てたが、調査と交渉の結果、大見村には移住者がすぐに借りられる物件がないとわかった。

ここでプロジェクトは「詰んで」しまいそうなのだが、メンバーは発想を転換してゆく。「人の移住が“再生”なのか? 移住しなくても、村を再生させること、それ自体がおもしろいんじゃないか?」。こうして、「関係人口」だけで展開する、独自すぎる大見新村プロジェクトが始まった。

集落にあるシコブチ社は筏流し(いかだながし)を守る神様だ。一度、台風で倒壊したが、元住民の藤井義昭さんとプロジェクトメンバー三輪幸子さん主導のもと、メンバーも手伝い、再建が実現した
かつて良質の鞍馬炭の産地だった大見村。今年9月、京都市内はまだ暑い時期だが、ひやりとした空気を肌に感じる

維持することで、里山を100年後に手渡す

それから10年余り。現在は8人のメンバーが、小川の近くの手作りの小屋を拠点に、月に一度集まって活動している。

作業内容は、畑作りや、水路などのインフラの修復など。メンバーそれぞれが得意な作業を自主的に担う。しかし、移住者を期待しない、開発ができない村を整備し続ける意味なんて、あるんだろうか?この疑問に対する川勝さんの答えは目から鱗が落ちるものだった。

「里山は、放置すると荒野に戻ってしまう。今の環境をギリギリ維持することで、ひょっとしたら100年後、移住の道があるかもしれない。僕たちの活動が、そのつなぎになれば」。「衰退か、開発か」という二者択一ではなく、「維持」という、もうひとつの道をつくる。参加者の負荷が少なく、楽しみながらユルく続けて行けるという持続可能性もポイントが高い。これは、オルタナティブな「村活」だ。

村の畑には菊芋の花が咲いていた
自作の露天風呂でくつろぐ川勝さん。薪割りから土木作業まで、お手のもの

来る人みんなが「再生」される村活

わかりやすい達成感である「開発」を目指さない活動だということはわかったが、メンバーは何を「やりがい」や「手応え」と感じて、これまで活動を続けてこれたのかも気になる。

立ち上げ以来、大見新村は火災や風水害を被ったり、獣害に遭ったりと、度々の失敗を乗り越えてきた。「都市生活の中ではお金があれば解決できることが多く、自分もそうした生活に慣れて疑問をもたずに来ていました。ここではそれができない。というかそれをしてもおもしろくない。そういう思い通りにいかない不自由さ、失敗から学ぶことが楽しいことを初めて知りました。」と、村の畑でハーブや野菜を育てているメンバーの河本順子さん。「イベントを開催して村の活動を広めようとしたこともあったんですが、そうすると管理と企画する人の役割が固定されてしまう。それよりも、ここに集まる個々が、自分のやりたいことをプレイヤーとしてすることが村の維持につながるのではと発想を変えました。」この「村活」は、都会から通うメンバーも “再生”している。

村に充満する生き物と「交感」する、大見新村の「ニューまつり」に参加!

メンバーの山口純さんは、「インフラを作るのではなく、文化を作ろう」と提案する。その文化のひとつが「ニューまつり」。これは、「新しい村に祭りをつくるまつり」として始まった。開催は毎年9月。今年の「ニューまつり」に参加してみた。

祭りには、歌や仮面や踊りがつきものだが、「ニューまつり」でも、仮装して「人間以外のものになる」ことがメインイベントになっている。コスチュームを持参する参加者の気合いにはちょっと引いたが、とりあえずその場にある葉っぱで仮面をつくってみた。「人間以外のもの」に扮装したあとは、踊ったり、その姿で人間に対しての意見を述べてみたり。

「ニューまつり」クライマックスの仮装。活動拠点の小屋は宿泊することもでき、バイオトイレも設置されている

葉っぱ仮面でふらふらしているうちに、だんだん我を忘れてくる。他人の目は気にならないが、森の中から動物たちがこちらをじっと見ている気配が気になってきた。「ここでは、人間はマイノリティ。『人がいる』ということを動物に告げることも、必要なこと」(山口さん)。自然や動物と立場を交代する感覚、人間以外の生き物=「他生」を身近に感じるのも、「村活」ならではの体験かもしれない。

オリジナルかつDIYな「まつり」。「文化盗用にならないように」既存の祭りを真似しない

「プロジェクト自体、失敗だらけ。喧嘩しつつ、ぐだぐだな中、やっています。そんなぐだぐだでも維持していけるんだよという……若い世代へのエールになるといいなあと思います」と、河本さん。衰退させず、目に見える前進もさせない。大見新村プロジェクトは、「横ばい」のように、維持にエネルギーを注いできた。

今年(2024年)の10月に糺の森で開催された「左京ワンダーランド」にブース出店した大見新村のプロジェクトチーム

地方が衰退したのは、社会が「開発」一辺倒に偏った結果でもある。それを再び「開発」で元通りにしようとすることには、どうしたって無理がある。山口さんは「社会構造は人間がデザインできる、ということを忘れちゃいけない」と言う。村もその再生も、あらかじめ決まった形なんてない。「村活」は、関わる人と知恵次第なのだ。

大見新村プロジェクトに興味のある方は、facebookから問い合わせを

大見新村プロジェクト facebook
大見新村プロジェクト webサイト

✳︎『ポmagazine』の更新は下記からチェック!

『ポmagazine』公式X(旧Twitter)

「梅小路ポテル京都」公式Instagram

企画編集(順不同、敬称略):光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)、沢田眉香子