2020.12.5
『タイポさんぽ』著者&新世代看板屋の目には、三条会商店街が「宝の山」に見えるらしい
噂の広まり
この記事の内容
1. 名著『タイポさんぽ』には、関西版の構想があったらしい
2. 舞台は三条会商店街。看板・文字のスペシャリストと歩く
3. 20の看板をめぐる空想と考察
4. 看板から見る三条会商店街には、「京都のB面」が詰まっている
名著『タイポさんぽ』には、
関西版の構想があったらしい
看板にポスターに電柱に標識……。街を歩くと、たくさんの文字が目に飛び込んでくる。とはいえ私たちは、そのすべてを本当に「読んで」いるわけではない。ほとんどの場合、それらの文字は景色の一部として処理され、意識から消えてゆく。
『タイポさんぽ』シリーズは、そんな路上の文字を見つめなおす一冊だ。驚きの観察眼と洞察力(そして妄想力)で、文字に隠されたメッセージを読み解く。筆者はデザイナーの藤本健太郎(ふじもと・けんたろう)さん。2020年の時点で、合計3巻を誠文堂新光社から出版している。
藤本健太郎(ふじもと・けんたろう)
北海道出身。グラフィックデザイナーとしての仕事のかたわら、津々浦々の〝町の文字〟に出会って味わう、新しい路上観察スタイルを提唱。
2016年に出版された台湾編が現時点での最新刊。実は関西編の構想もあったという。『ポmag』の編集メンバーは、元々『タイポさんぽ』の大ファン。これはと思い、まぼろしの関西編について話を聞いてみた。
「リサーチ記録はまだ手元に眠っています。当時、感動レベルが突き抜けていた場所が、京都の三条会商店街。あそこは“宝の山”ですよ!」
せっかくの「宝」を眠らせたままではもったいない! というわけで、即取材を申し込んだ『ポmag』編集部。今回はさらに欲張ってもうひとり、案内人をお願いすることに。
関西を拠点とする看板屋「看太郎」の廣田碧(ひろた・みどり)さん。展覧会『超看板』を企画し、メディアとしての看板の可能性を追求する。看板業界だけではなく、デザインの文脈からも注目を浴びる新世代の看板屋だ。
廣田碧(ひろた・みどり)
看板屋兼、グラフィックデザイナー。2015年に大阪の看板屋「看太郎」の2代目を継ぐ。看板のもつメディアとしての可能性を探求するとともに、現在は衰退しつつある、看板のペイント技術の普及も目指す。
舞台は三条会商店街。
看板・文字のスペシャリストと歩く
看板の文字や構造から、三条会商店街を「味わいなおす」今回の企画。
ボリュームの都合上、「宝の山」から紹介できるのは一部のみ。藤本さんは2017年3月に撮影した看板の写真から、特に印象に残っているものをセレクト。廣田さんには2020年10月に商店街を歩いてもらい、心をひかれた看板を撮影してもらった。後日、それぞれのセレクトした写真を見ながら対談。読み終わるころには、商店街やいつもの道が、ドラマと発見に満ちた場所に見えてくるはずだ。
〈この記事に登場する看板一覧〉
20の看板をめぐる空想と考察
対談当日、お互いの「推し」が一枚もかぶっていないことが判明。
廣田:かぶりがまったくなしとは(笑)。「これは藤本さんも選んでるのかな?」と思うものもあったのですが……。
藤本:本当だ。お互い見る視点が違うのかもしれないですね。これは楽しみです!
【手作り感あふれるロゴは「筋の通ってなさ」すら愛嬌に(セレクト:藤本さん)】
藤本:この「ひつじや」の文字。ちょっと説明が難しいんですけど……「筋が通っていない感」がツボで(笑)。
廣田:筋が通っていない感、ですか?
藤本:「そこをそう曲げておいて、隣の文字でその曲げ方する?」っていう。タイポグラフィの定石から外れているところが愛嬌になっているんですよね。
廣田:この脱力感は狙ってないからこそ出せるものかも(笑)。
藤本:あと、ひとつ僕の発見なんですけど、三条会商店街のサイトに載っているひつじやさんの店頭写真をよーく見ると、右端手前にこのロゴが手書きで書かれた紙が写っているんですよ。
廣田:本当だ(笑)。ちゃんとお店の「公式ロゴ」になっているんですね。
藤本:きっとお店の方も気に入っていらっしゃるんだろうなあ。
【照明ナシで光らせる。「頭脳派」な看板建築(セレクト:廣田さん)】
廣田:この看板、周りと比べてやけに明るいと思いませんか?
藤本:撮影したのは昼間でしたよね。電気がついているはずもないし…。
廣田:実はこれ、光を通しやすい生地を使用して自然光を取り込んでいるんです。だから電飾看板のように発光して見えているんですよ。
廣田:商店街はアーケードがあると暗くなりがち。採光を考えて取り付けたとしたらすごいなと思いました。
【じっくり観察すれば描き手の存在が見えてくる(セレクト:藤本さん)】
藤本:商店街の一角にある八坂神社の境外末社 又旅社の提灯です。注目していただきたいのは「チドリアシ」。「ド」の濁点がチドリになっているんです。
廣田:本当だ! こ、細かい!
藤本:あと「シ」の点が丸になっていて……これ、個人的にツボなんです(笑)。
廣田:チドリアシさんは二条城前駅にある居酒屋さんのようですね。
藤本:この提灯の文字、お店の暖簾の文字とは若干バランスが違うんです。提灯屋さんが手書きでロゴを書いたんでしょうね。
廣田:ちゃんとロゴを再現しようとしている。
藤本:でも人間が目起こしで書いてるからそこには若干ブレがあって……。文字の向こうの提灯屋さんの存在が見えてグッときました。
【見過ごし注意。わかる人にはわかるギミック看板(セレクト:廣田さん)】
廣田:一見普通の看板なんですけど……。実はこれ、「袖看板」という既製品の看板で。通常は縦向きで建物の側面に、垂直に突き出すように設置されるものなんです。その片面を壁にベタッと接着しているわけですね。
藤本:すごい! 文字を中心に見ていたので、これはスルーしちゃってました。
廣田:実はたまに採用される手法のようです。既製品を使うことでコストを抑えられるということもあるかもしれませんね。
藤本:なるほど、看板のことを理解している人じゃないと気がつかない視点ですね。
廣田:平凡の皮を被っていますが、実はけっこうアクロバティックなことをしている看板です(笑)。
【ピカピカの一文字に「金継ぎの精神」を見出す(セレクト:廣田さん)】
廣田:次はこちらなんですけど……。
藤本:「正」だけピカピカだ……!
廣田:劣化か落下、はたまたそれ以外か……。一文字だけ変えなくてはならない時に、すべての文字を新しくするのではなく、もとの字に合わせて修復するというのがお店の方の愛情ですよね。壊れた部分を継いでいく、金継ぎ的な精神を感じました。
藤本:金継ぎ的、たしかに(笑)。ただ、お店はすでに閉業されてしまっているようです。
廣田:こんなにピカピカにしたのに……切ない。せめてこの看板だけは残っていてほしいです。
【とにかく目立つ巨大看板。キラッとマークは万国共通?(セレクト:藤本さん)】
廣田:この看板、とにかく目立っていた印象があります(笑)。
藤本:「クリーニング」の伸ばし棒と濁点がキランってダイヤ型になってますよね。僕これ、台湾でも見たことがあるんですよ。アメリカでも洗剤パッケージなどによく見られる表現です。
廣田:万国共通なんですね。
藤本:ダイヤ型って共通のイメージとして、キラキラとかきれいになるみたいなものを示す、シズル感のあるマークなんだなっていうのを感じました。
【失われた名作に「看板は生もの」を痛感(セレクト:藤本さん)】
藤本:これはもう確実に、おいしいお店の看板ですよね。
廣田:「チドリアシ」に引き続き、また「丸」が入っていますね、藤本さん(笑)。
藤本:丸が好きなんですよね、僕(笑)。「桃宝園」ももちろんですが、赤いクジャクを見てください。頭から出る、先端に丸のついた線形状。60年代ころのミッドセンチュリー的な、チャールズ & レイ・イームズかい!岡本太郎かい!という雰囲気を感じました。この部分だけでも、欲しかったなあ……。
廣田:閉店や改装など、看板ってずっとあるものとは限らないですもんね。
藤本:見られるうちに見ておかないと、なくなってしまう。看板も「生もの」なんですよね。
【視覚で捉えるリズム感。「韻を踏む」文字たち(セレクト:藤本さん)】
廣田:これ、私もセレクトするか迷いました。
藤本:「モリ」もそうなんですけど、「時計・宝飾」に文字をつくった人のセンスが出ているなと。
廣田:「寺」の点が逆向きになっている。
藤本:そうなんです。この左下に降りるストローク、実は「宝」と「飾」にもあって、そして「モリ」の「リ」にもある。これは「韻を踏んだな」と……。
廣田:韻を踏む……?
藤本:自分が仕事でロゴタイプを作るとき、ロゴの各所に共通する要素を入れ込むということをよくやるんです。こっちにこの形があるから、ここにも入れよう、という。似た要素をさりげなくちりばめることで、全体にリズムやまとまりが生まれるんです。
廣田:なるほど。古典文学やラップなどにおける「韻」が、視覚的な要素として現れているようなイメージですね。
【シャッターと看板が語り継ぐ名店の存在(セレクト:藤本さん)】
藤本:シャッターの「扉、扉……」がシュールで最高。
廣田:絶妙な位置と距離感ですよね。
藤本:ただ、ここも閉業してしまっているようで……。こうしてシャッターと看板だけが取り残されているわけですね。
廣田:昭和38年から営業されていたお店のようですね。閉業したのは2年ほど前みたいです。
藤本:昭和の名喫茶をたくさん集めた書籍『喫茶とインテリア WEST』(大福書林刊)にも掲載されていたお店のようです。ここを愛したお客さんは多かったんじゃないかなぁ。
廣田:残念な気持ちは拭えませんが、こうして名残だけでも残っているのは、職住一体な店が多い商店街ならではかもしれませんね。
【職人の技が光る。異様なまでのこだわり看板(セレクト:廣田さん)】
廣田:この看板、圧がすごいんですよ。寄ってみるとわかるんですが……。
藤本:看板の背景にゴリゴリの左官が……!
廣田:そうなんです。しかも正面からは見えない下辺にも左官が及んでいる。
藤本:今、気がついたんですが、窓の部分にも左官が施されていますね。建物を覆うレンガ風の装飾といい、相当なこだわりとパワーを感じます。
廣田:そしてこの「ドルフィン」さん、眼鏡屋なんですね。そのギャップもまたおもしろい。
藤本:もとは別のお店だった、なんて言われても信じちゃいそう。「洋菓子店 ドルフィン」とか……。
廣田:ありそうですね(笑)。そういえば、商店街を入ったところに同じくらいパワフルな看板がありました。
藤本:ちょっと圧すら感じるけど、こういう職人っぽいこだわり好きだなあ。
【かわいい顔して100年超え。庶民のための気取らない老舗(セレクト:藤本さん)】
藤本:雨具を扱うから「ピチ&チャプ」なのかって、クスッときちゃいました。
廣田:店主の方が3代目らしいです。ということは100年超えのお店なんでしょうか。
藤本:100年レベルの息の長いお店が、気取りもせずに並んでいるのが、京都の商店街の面白さですよね。
廣田:このお店、和傘や提灯の注文も受け付けているようですね。
藤本:元々紙貼り系のお仕事がメインだったのかもしれないですね。時代とともに形態を変えてこられたのかな。
廣田:かわいい雰囲気ですが、実はベテランのお店なんですね。
【主役級が大渋滞。看板界のスタミナ弁当(セレクト:藤本さん)】
藤本:「BOUTIQUE」のこの、一文字たりとも気を抜かない、文字の遊び方にセンスを感じました。「BOUTIQUE」と「はなむら」とマークの三要素、どれも主役級の豪華さで迫ってきます。
廣田:なんか、スタミナ弁当って感じですよね(笑)。
藤本:エビフライもハンバーグもシュウマイも入っちゃってるわけですね(笑)。近年の看板はやっぱり統一性とか、引き算のデザインだったりで、デザイン的に綺麗にまとまっちゃう。こういうやんちゃなノリって、豊かなイケイケの時代のテンションの名残なのかも……。
【看板のつくりを知って、商店街の「地層」を感じる(セレクト:廣田さん)】
廣田:素材や技法のことで気になったのは、アクリルの切り文字が多く見られたこと。
藤本:なるほど、素材! 文字の形状ばっかり見てしまう自分は見落としがちなポイントかも。
廣田:平成に入ったあたりからカッティングシートが主流になりはじめ、今ではアクリルの切り文字が使われることはほとんどなくなりました。アクリル素材が主に使われていたのは70年代あたりなのかなぁと。この時期に多くのお店で看板が新調されたと推測すると、なんとなく景気がよかった時代までわかるような気がしますね。
藤本:看板の素材から商店街の過去の様子まで推測できるとは。まるで地層の断面図を見ているようです。
【ご近所に隠れた「兄弟文字」を探す(セレクト:廣田さん)】
廣田:もうひとつ、老舗商店街ならではの特徴だと感じたのは「楷書」ですね。
廣田:昭和のはじめは、看板といえば楷書の書き文字でした。フォントと違って書く人の癖が出るところに心惹かれます。そこでぜひ見ていただきたい看板がありまして……。
廣田:このふたつの看板、同じ方が書いたんじゃないかと思うんです!
藤本:えっ あー! たしかに! 「ん」なんかすごく似てますよね。「き」と「さ」も似てる。すごい! これは同じ人の筆づかいかもしれませんね。このあたり一帯の仕事を受けていた腕利き職人さんによる仕事だったりして……。僕も楷書看板は一枚撮ってたんですよね。
廣田:他の楷書看板も見比べてみたんです。「平山商店」さんは明らかにもっと太いし、「玉辨食品店」さんもちょっと癖が違うかな、とか(笑)。
藤本:町の文字を見ていく上で、この看板とあの看板は同じ書体使ってるな!っていうのを見ていく趣向というのがあって。それはそれで楽しいんですけど、この「ん」は同じ人が書いた「ん」なのかも!? みたいな分析って、さらに一歩踏み込んだ楽しさがあって新鮮ですね。
廣田:書き文字が主流だった頃は、「そこの字はあの人が書いたやつや」とか、「あの人はすごく字が上手だった」みたいなこともよく言われていたんですよね。そうやって仕事の依頼が集まるというのは、なんだか嬉しいですよね。
看板から見る三条会商店街には、
「京都のB面」が詰まっている
藤本:いやぁ、おもしろかったですね。看板の文字からも、商店街をめぐるドラマというものが滲み出てくるんだ!
廣田:三条会商店街は、たとえばお土産屋や京料理屋といった外向きの京都ではなく、地域に根差したブティックや、果物屋のようなお店がしっかりと残っていますよね。これぞまさに「普段着の京都」。
藤本:おそらく、40〜50年前くらいの、庶民経済のテンションが今よりも高かったであろう時代の文字や看板がたくさん見られるのが良かったです。数百年〜千年といった歴史を持つ神社仏閣を通して見る京都とは、また違った面白さがありましたね。
廣田:いろんな人が行き交う京都であり商店街であるからこそ、混沌としていて、そのぶん発見も多いんだと思います。
***
看板文字という狭い範囲をみていたはずが、商店街のドラマや歴史、ひいては京都全体の話にまで。今回、看板と文字のスペシャリストであるおふたりに教わったこと、それはド真面目に看板文字を見ることで、見慣れた近所の景色や、旅行先での気ままな散歩に、無限大の可能性が生まれるということ。みんなが素通りするような場所で、ひとりニヤニヤ楽しんでみるのも悪くないかもしれない。
企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志由美(合同会社バンクトゥ)
写真:藤本健太郎、廣田碧