2024.8.27
子どももシェフも厨房に入るべし。店でも家でもない「台所」が京都のまちなかにあるらしい
噂の広まり
この記事を書いた人
沢田眉香子(さわだ・みかこ)
ライター、編集者。元[エルマガジン]編集長。著書に『京都うつわさんぽ』(光村推古書院)、『バイリンガル茶の湯BOOK』(淡交社)他。『世界に教えたい日本のごはんWASHOKU(淡交社)でグルマン世界料理本大賞受賞。
京都のど真ん中に、プロ仕様の厨房とダイニングフロアを備えた「コミュニティキッチン」DAIDOKOROがある。料理店の厨房でも、家の台所でもない、型にはまらない=インフォーマルなキッチンだ。イベントでのルールは「全員料理」。料理が人と人、生産者や街とつながる場として機能している。
食べる人、料理する人、プレゼンする人が、ほどよく混ざる空気感
コミュニティキッチンDAIDOKOROは、河原町御池。京都信用金庫が「地域に開かれたスペース」という構想のもと2020年にオープンした複合ビルQUESTIONの8階にある。市役所を見下ろす絶景の明るいフロアは、130席が一度に食事できる広いダイニングスペースに、ステージのようなプロ仕様のオープンキッチンがある。
毎月9日、「キッチン開放」デーは、文字通り誰でも参加できる、出入りも自由な日だ。ビギナーには最適、と言いたいのだが、門戸もDAIDOKOROらしさも全開で、ぶっちゃけ驚く。
7月の開放デーに、昼から訪れてみた。エレベーターを降り、フロアに足を踏み入れてみたところ、えーと……ここ、公民館?学食?マルシェ会場?料理教室?
ご近所のマダムグループがランチを食べていて、ぼっちOLが、窓に向かってのんびり。野菜の無人販売があり、秋田県の県産品、オリーブオイル、ガレットランチの販売ブースも出ていて、キッチンでは子どもがオムライスを作っていた。黒板には「15時から、しば漬け作ります」と告知されている。接客も案内もなく、ひたすらフリーダム。
ランチどきだったので、スタッフお手製のパスタをいただいた。市役所を見下ろす席で優雅に食べていると、背後で、子どものオムライスが完成した。大傑作にシェフ自身もご満悦。スプーン持参で、試食に駆け寄る人がいる。
夜になると、残った野菜を使って素麺会がスタート。料理はその場にいる人のアドリブで、野菜は、京都屈指の八百屋である「西喜商店」さんのもの。素麺つゆがいらないおいしさである。気兼ねなく参加できるゆるい空気もいいが、「料理ってなんとかなる」って感じが清々しい。
相席以上、パーティー未満の「半内輪」コミュニティ
初めて行って戸惑ったことといえば、ここでは終始、接客も積極的な販売もないことだ。人は飲食店に行くと「お客」になり、家のキッチンに人を招けば、「ホスト」になる。ここではそんな既成の役割はない。食卓は親密な空間だが、それを開放することで、見知らぬ同士が料理づくりをきっかけに“相席以上”の「半内輪」なコミュニティが生まれる。
スペイン、バスク地方の料理同好会「美食倶楽部」がお手本
「謎の連帯感……ですよね」と、ディレクターの前原祐作さん。
DAIDOKOROは4年前、会員制の「美食倶楽部」のキッチンとしてオープンした。名前は、スペインのバスク地方に100カ所以上ある「ソシエダ(美食倶楽部)」にちなんでいる。バスク地方のサン・セバスチャンでは、地元の人たちが「美食倶楽部」で料理を作って食を探求する伝統があり、そんな文化からミシュランシェフが何人も輩出された。
「京都でも、食の生産者、料理人との距離は近い。料理を通じてコミュニケーションする“co-cooking”をコンセプトにここを立ち上げました」
とはいえ、前原さんはそんな先例を倣うのではなく、破格のイベントを仕掛けていく。子どもたちと未来の寿司を作る会、ミシュランシェフが丹後の食材を料理するディナー会、アフリカ諸国出身者による料理教室。山と海の食材を使うカタルーニャのスタイルで、参加者が即興の料理に挑戦。「アフリカ納豆サミット」では、ブルキナファソとラオスの納豆料理がバトルを繰り広げた。
インフォーマルな関係だから、食の「知りたい」が深まる
「レストランも、料理教室もたくさんあるけれど、ここで生まれる交流って、特殊だと思うんです」と前原さん。目指しているのは「食とどう接するか、どう知るか」を、一方的な指導やありきたりな情報提供の形から解放すること。
「料理に対する“知りたい”欲求って、おいしいとか作り方だけじゃない。たとえば、有名なシェフが毎日家で何を食べているんだろう?とか、魚って、どこからどうやって運ばれてくるんだろう?とかも、知りたいですよね? DAIDOKOROでは“客と料理人”ではないスタンスで、料理人とお友達になれる。食べ物の扱い方、食べ物のリテラシーを普通の会話から知ることができる。そして、料理の手間、値段の意味や、フードロスの問題が、一気に身近になる」
料理人、生産者、研究者、そして子どもから大人までが入り混じり、料理する人、食べる人の垣根もない、つまり既成の枠に収まらない「インフォーマルキッチン」だからこその「謎の連帯感」だ。
旅行者も引っ張り込んで、「食卓」を動詞にしたい
前原さんは、秋にはDAIDOKOROを拡張し、1階カフェを、誰でも立ち寄れるキッチンプログラムに参加できる場所としてリニューアル予定だ。その目的のひとつが、旅行者ともインフォーマルな食の楽しみを共有すること。動機には、前原さん自身の旅先での体験がある。
「広島の安芸に旅行した時、農家で餅つきに参加させてもらったんです。土地の人と一緒に料理をする体験が、もう楽しくて……旅のリピート決定です。地方でのインフォーマルな食イベントからは“おいしい関係人口”みたいな関係が生まれるかもしれません」
「“食卓”を“動詞”にしたい」と前原さん。シェフも子どもも産地も主婦も巻き込んで、食卓からさまざまなコトを生み出してゆくディレクションセンスがすごい。「今やっていることって、学生の時にバイトでやっていた人力車と変わらないと思います。知らない旅行者にじゃんじゃん話しかけて、引っ張り込んでいく(笑)」
内輪のコミュニケーションを大事にする京都人の気質は「一見さんお断り」システムを生んだが、その改良&進化形が、前原さんが「半分内輪感」と言う、DAIDOKOROのようなインフォーマルキッチンかもしれない。料理人と常連だけが占有していたディープな情報やつながりを、素人にも旅人にも開放する。
「京都はこういうスタイルが合っていた。オーガニック、とか、特定のターゲット層に訴えるようなことは、僕は嫌なんです。東京だと、そうやってイメージを固めていった方がうまくいくようですけど」
「一見さんお断り」の内輪ムードの未来形
さて、インフォーマルキッチンに参加したいと思った人に、最後にアドバイスを。
京都では、ポップアップレストランや試食や料理のワークショップなどの「半分内輪感」イベントは、けっこう頻繁に開催されている。ただ、そこは「インフォーマル」そして「半分内輪」であるから、集客のための目立った情報はない。アンテナを張り巡らして、開かれたドアにたどり着いてほしい。DAIDOKOROに参加している人も、そうしたイベントのオーガナイザーだったりするから、友達になれば「インフォーマルキッチンサーフィン」も楽しめるだろう。
Information
コミュニティキッチン DAIDOKORO
京都市中京区河原町通御池下ル下丸屋町390-2 QUESTION 8F
営業日:月〜土曜日 9:00〜22:00(日、祝日および別途本施設が定める日休館)
誰でも参加できるイベントの情報はインスタグラムから
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企画編集(順不同、敬称略):光川貴浩、河井冬穂(合同会社バンクトゥ)、沢田眉香子