2023.11.2
107の国と地域を旅した奥祐斉さんいわく、京都は「アフリ観」な街らしい
噂の広まり
不思議と縁がある?京都とアフリカのつながり
10月26日から、京都国際マンガミュージアムで「アフリカマンガ展-Comics in Francophone Africa-」が開催されるらしい。「京都」と「アフリカ」。近年、この二地域のあいだに何かと縁を感じる機会が増えている。なかでも最近盛り上がったトピックと言えば、「アフリカンプリント」だろうか。鮮やかで柄も豊富なことから日本でも人気があるアフリカ生まれのデザインプリントだが、実は1960年代から1970年代にかけては京都で生産され、アフリカに輸出されていたことが話題に。『アフリカンプリント 京都で生まれた布物語』(青幻舎)が2019年に刊行されたことで、その意外なつながりは多くの人に知れ渡るところとなった。
京都とアフリカ、といえば西アフリカのマリ共和国出身のウスビ・サコさんが、2018年4月から2022年3月まで京都精華大学学長を務めたことも記憶に新しい。日本初のアフリカ系大学学長の誕生は、京都の人々の「アフリカ」への心の距離をぐっと縮めたように思う。
遠いように見えて、重なるところが多いのかもしれない。そんな仮説を裏付ける人物が今回の記事の主役、100か国以上をわたり歩き、なかでもアフリカと京都に特別心を寄せる旅人、奥祐斉さんだ。
「ここに自分は必要ない」。“普通”がひっくり返ったアフリカでの経験
京都を拠点に、「株式会社bona」代表として、イベントやツアーの企画運営、場づくりなどを行う奥さん。西アフリカへの旅行企画やすべてアフリカ産のスパイスにこだわったAfrica Colaの商品開発・販売など、アフリカの価値観を日本へ“輸入”する活動にも、精力を注いでいる。
・奥祐斉さん Instagram
・株式会社bona Instagram
18歳で世界旅行を経験、22歳でアフリカ縦断にチャレンジするなど、昔から好奇心と行動力は人一倍だった奥さん。しかし、最初からアフリカに魅了されていたわけではなく、はじめてのアフリカ訪問も「支援」が目的だった。元々は中東のパレスチナやシリアの難民支援を希望する青年海外協力隊として派遣された、アフリカ・ベナン共和国。当時、奥さんは使命に燃えていた。「苦しい思いをしている人たちを豊かにしてあげたい」「教育機会や新しいものを伝えてあげたい」。だが、いざベナンを訪れて衝撃を受けた。そこに暮らす人々の日々が「貧しい」ものだとはとても思えなかったからだ。
「彼らは逆算をしないんです。村で暮らす人たちは今日をどう生きるかにすべてを懸けている。夢や将来を手放した生き方って、こんなにもエネルギーに満ちているのかと」
自分が施そうとしていた「教育」とはなんだったのか。「自分にできることは何もない」……生き方を教えられたのは、奥さんの方だった。現地の価値観を学ぶ日々。しかし移動中に交通事故に巻き込まれてしまったことで緊急帰国、青年海外協力隊も辞めざるを得ない事態に。
「大事な挫折」と奥さんは振り返る。その後、国内で地方創生に携わるようになっても、アフリカへの情熱は消えなかった。旅の経験をもとに中学生〜大学生への講演活動を続け、2019年からニジェールでの村づくりプロジェクトを、現地に住む日本人と村人のハウサ族の人と一緒に立ち上げ。奥さんはここでも、アフリカを「途上国」ととらえ、“啓蒙”しようとする姿勢への疑念を深める出来事に遭遇する。
ニジェールでの結婚式の話だ。この国では、貨幣経済と西洋的な価値観が流入したことで、土着的な婚礼の儀ではなく、お金をかけた“立派な”結婚式が人々の憧れを集めるようになっていた。しかし新郎新婦もその親も、実現できるほどの貨幣は持っていない。娘に立派な結婚式をさせてやりたいと願う母親たちに目を付けた人が、彼女ら自身を差し出す代わりに結婚式費用をまかなうという条件で近づいてくるようになった。いわゆる人身売買。ある花嫁は、結婚式当日に母がいないことに気づき、泣き崩れたという。
「貨幣経済の急激な流入が混乱をもたらしていると感じます。コミュニティが崩れたり、格差や衝突が生じたり。貨幣流入がもたらすのは悪いことばかりではないのですが、数字上で貧困が改善されたとして、それが現地の人々の幸せに直結していないのも現実です」
「アフリ観」なる、豊かな旅の新指標
「他人の土俵に安易に自分のものさしを持ち込むべきではない」。そう心に刻む奥さんが、西洋的な価値観では測れない豊かさの指標として提案するのが、本記事の軸となる「アフリ観」なる考え方だ。
「アフリカといっても、何十か国もありますし、言語もたくさんある。民族は2000以上もあります。わかりやすい表現としてみんなに伝えるためにアフリカという言葉を使っているのですが」と前置きをしたうえで、「アフリ観」についてこう説明してくれた。
「平均余命や識字率などから算出される『人間開発指数』という経済社会指標がありますが、アフリカはこの人間開発指数が低い。でも、この指数が計測できない豊かさというのも確実にあって、それが僕をアフリカに夢中にさせている。アフリ観っていう、ちょっと変な言葉を使ってその魅力を伝えたいんです」
千葉県出身の奥さんが京都に住処を移したのは、2021年のこと。アフリカと京都はどちらも、「旅先」として出合った場所だ。ふたつの地域の共通点として最初に奥さんが上げたのは「期待値の低さ」。
「アフリカは、いい意味で期待値が低いんです」。
背景にあるのは、事前に得られる情報の少なさだ。
「インターネットで調べても、細かい情報が出てこない。すべてを確かめてから行くってことが出来ないから、行った先での『偶発』が生まれる余地がある」
この「偶発」の余地こそが、豊かな旅をつくると奥さんは力説する。
「情報がない。だから実際に行ってみて経験してみないと何が起こるかわからないんですよ。もちろん、アフリカにもいわゆる観光地みたいなところはあるけれど、地元の人が暮らしている素顔のアフリカはまったく別物です」
すでにたくさんの人に「レビュー」されている観光地は、その期待を下回ることこそないものの、上回りもせず、あらかじめ期待した結果に沿うかどうかの「答え合わせ」のようになってしまう。
「観光地じゃなくて、その土地にいる人たちが住んでいる場所に入り込んでみると、想定外の大成功を引き当てられるんです。盛大にもてなしてくれて、食べ物をたくさんくれるみたいなこともある。反対に大失敗みたいな経験もしますけどね。よくわからない理由でロストバゲージしたこともあるし、ナイジェリアで発砲されたり、怪我をしたりしたこともある。とにかくアップダウンがとんでもないんですよね。住んでいる人々の感情の振れ幅もすごくて、一緒にいると喜怒哀楽すべてが増幅されるんです。それがアフリカの魅力」。
事前情報の少なさによって生まれる「偶発性」と「感情の振れ幅」。このふたつが、アフリ観の正体のようだ。
京都のアフリカ度はなぜ高い?踏み込むとわかる「異色の街」
では、奥さんはなにゆえ京都に高い「アフリ観」を感じているのだろう?
「アフリカって危ないんじゃないかとか文化が違いすぎて楽しめないんじゃないかみたいな不安があると思うんですけど、ちょっと極端な話、京都も近いところがある。『一見さんお断り』みたいなイメージがありますよね。でも、どちらもわからないなりに飛び込んでみると、新鮮な体験が得られる」
ただ、京都といえば一大観光都市。「事前情報が少ない」という条件からは、外れているようにも思えるが……。
「京都=観光地というイメージがありますが、完全な観光エリアから少し外れると、急に土着的というか、地元らしい場所にたどり着く。そこに偶然の出会いが隠されているんですね。口コミサイトとか、マップのレビューとか、そういうものが日本一あてにならない都市かもしれません。『最高だったな……』みたいな場所に限って、ネットでは星3.0以下みたいなことがザラにある。コンパクトなまちに、観光地的なものと地元の人の知る人ぞ知るみたいな場所が詰め込まれているから、掘り当てる楽しさもありますよね。古いものと新しいものが平気で隣り合ってたりするのも、すごくアフリカ的です」
事前情報では見えない領域に踏み込めるかどうか、これがカギのようだ。
「アフリカにはことわざのように伝わる『アフリカの水を飲んだ者はアフリカに帰る』って言葉があるんです。同じように、京都にも京都の水があると思う。ちゃんとアフリカの水を飲めるか、ちゃんと京都の水を飲めるかで、旅の体験はまったく違うものになるはずです」
京都のなかでも特に「アフリカ度」が高いスポットを、いくつか教えてもらった。
「たとえば、鴨川デルタってけっこうアフリカっぽいと思うんですよ。若い人からお年寄りまで、各々が気ままに過ごしている。住んでいる人にとってはベタな場所かもしれないけど、観光じゃ行かない、住んでいる人たちの空気に触れられる場所」
「あとは、僕は下京区の梅小路エリアを拠点にしているから、その周辺での発見が多いですね。島原にある『たこ松』っていうお店は、おでん屋さんなんですけど、長くやってこられてる個人のお店ならではのディープさ。80代のおばあちゃんがやっていて、ふらっと前を通っても中の様子がわからない。ふと入ってみるのはちょっと勇気が入りますが、いざお邪魔すると誰かのお家に来たような感覚があったんです。このおもてなしのバランスは他で味わったことがない」
「僕の事務所から歩いてすぐの『COFFEE.SHOP nasu』とかもいいですよね、ずっとやってきてるんだろうなっていう古さと空気感。あとは梅小路七条の『七栄鮨』も、レビュー以上の名店ではないでしょうか」
「でも今あげたところって、ものすごく特別な場所かって言われたら、たぶんそんなことないんですよ。特別なのは『何があるんだ』っていうワクワク感とか不安感、そこから未知に飛び込む体験。これを味わってほしくて、東京から友達が来たら、そういうお店に連れていくんです。ワクワク感を高めるためにあえて二軒目で、一軒目では『ちょっとおなかに余裕持たせといて』って伝えておいてね」
日本とアフリカの性格は、基本的には対極にあると語る奥さん。だからこそ、その目は京都の「異色ぶり」を豊かに捉えている。
「アフリカっていろんな色が混ざっているんですよ。でも日本はもうほとんど整理されてしまっていて、無機質で単色しかない様に見えてしまう。けれど京都では、ステレオタイプから外れたものを見つけやすいんです。寺社仏閣とか舞妓さん、みたいなイメージで来てみたら、全然違うものに遭遇する。そういう意味でアフリ観が高いんですよね。アフリカ料理店とか、アフリカ雑貨店みたいなものももちろん京都にあるけれど、そういうわかりやすいことじゃなくて、場所の可能性というか、肌で感じる部分で京都はアフリカに近い気がしますね」
アンチ・予定調和。旅の「アフリカ度」を最大化する方法
世界中を旅してアフリカと京都にたどり着いた奥さんに、豊かな旅のつくり方を聞いてみた。
「たとえば、スマホの電源を完全に切って旅してみるとか」と奥さんは提案してくれた。
「まったく知らない土地で、情報がなくなるのって怖いですよね。でも、そうするとどうなるかわかりますか?」。答えは……「人に聞くんですよ」と、ザ・シンプル。
「行きたい場所とか、乗りたい乗り物のこととかね。景色や建物、食べ物など、楽しいことはいろいろありますけど、結局は人との出会いが一番旅を豊かにしてくれる。別に携帯の電源を切らなくたっていいんですけど、人に頼ること、人と話すことが大事。そうしたらどこかに連れて行ってくれたり、知らない情報を教えてくれたりする」
口伝えの『噂』に乗っかるようなワクワクした旅体験。自分の領域外にある物事が飛び込んでくるための余白をどう残すかがポイントのようだ。
「何度も期待値の低さとか偶発性のことを口にしたと思うんですけど、全部それです。どうすれば思いがけない出会いができるか。アフリカの人たちも、みんな旅が好きですよ。ちょっと星を見に行ってくるとか言って、6000kmを何か月もかけてサハラ砂漠まで行ったりする。未知なるものを見たいっていう感覚。それが自分の旅の醍醐味です」
答えのない旅に出る。不確実な噂を頼りに、未知なるものを味わいに行く、そんな旅をぜひ体験してみてほしい。ここ京都でも。あるいは、まだ知らないどこかでも。
アフリカを感じるイベントがマンガミュージアムで開催中
2023年10月26日(木)~2024年2月18日(日)、奥さんの心を掴んで離さないアフリカの文化や価値観に触れられるイベントが、京都国際マンガミュージアムで開催される。「アフリカマンガ展-Comics in Francophone Africa-」。フランス語圏アフリカ諸国のマンガ文化を中心に、15名以上のアフリカ人作家によるマンガ作品の複製原画(デジタルプリント)、書籍、雑誌、ファンイベントの様子などが紹介されている。期間中には、日本マンガとアフリカマンガの関係性をひも解くトークショーや、アフリカ伝統の染め、踊りのワークショップなど、多彩な「アフリカ」に触れられる限定イベントも。
11月11日(土)には「アフリ観マルシェ」も、同地で開催。雑貨やファッション、音楽、ワークショップに飲食など、アフリカ大陸のエネルギーを浴びられること間違いなし。
さらに同日開催の「アフリカ納豆サミット」も、魅力的な“クセモノ”イベントだ。今回お話しいただいた奥さんを進行に据え、『幻のアフリカ納豆を追え!』の著者である高野秀行先生、藤原食品の藤原和也さん、京都精華大学の清水貴夫先生が、日本とアフリカの不思議な納豆文化の重なりについて語り合う。限定のアフリカ納豆のお土産付きチケットも販売中、申し込みはこちらから。
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企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):奥祐斉
取材・執筆:嶋田翔伍