2021.5.14
【月一開店】京大カレー部の総料理長による間借りカレー屋に、インド料理の未来を感じるらしい
噂の広まり
あんまり人に教えたくない、いやでもやっぱり仲いい人には教えたい!と思うお店は、街の宝だと思う。得てしてそういうお店は心に引っかかるフックがある。毎日営業していないだとか、料理に独自のスタイルがあるだとか。
「咖喱食堂 印華」もそうだ。街の宝と呼ばずしてなんと呼ぼうか。かつて南インドに存在したチェティヤールと呼ばれた商業コミュニティによって築かれた食文化と中華料理。ふたつの要素が掛け合わさったスパイスカレー屋で、祇園の名物スナック「ぎおんせくめと」で間借り営業をしていて、店主は現役の京大生で、いまやさまざまなメディアでも引っ張りだこの「京大カレー部」で総料理長をしていて……。
ほらほら。どうだこの情報量の多さ。もれなく気になってしまうだろう。ソリッドなセンスが、混沌と混ざりあった気鋭のカレー屋店主に話をうかがったら、カレーの話の向こう側、インド料理の未来の話にまで繋がった。
この記事の内容
・METROでの出会いがきっかけで
・リッチで懐深い「チェティナード料理」と料理法が多彩な「中華」の融合
・定番2種と月替わり1種 一切手を抜かないメニュー展開
・カレーづくりに目覚めてわずか数年で京大カレー部総料理長に
・料理屋の持続可能性についても考える、卒業後の進路
・インド料理にはフレンチや中華に負けない発展可能性がある
METROでの出会いがきっかけで
「咖喱食堂 印華」は間借りでのみ営業しているカレー屋だ。店主である京都大学3年生のソーノスケさんは、2019年から活動を開始し、岡崎の「モンパン食堂」、三条商店街の「トルボット」、四条烏丸の「node hotel」など京都の街に散らばる街のプレイヤー的なお店での間借り活動で研鑽を積んだ。現在は「ぎおんせくめと」で営業をおこなっている。
「神宮丸太町のクラブ『METRO』に、知り合いの人がフード出店してるっていうので遊びに行ったんです。その場である人と仲良くなって、『ぎおんせくめと』に連れていって行ってもらいました」とソーノスケさん。
「そしたらママがインド料理大好きな人だったので話も弾んで。お客さんとして通っているうちに間借りの場所として声をかけてもらった感じですね。今は新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあって、間借り営業は『ぎおんせくめと』でのみ月に1回。毎月第4日曜日のお昼にお店を開けています」。
リッチで懐深い「チェティナード料理」と料理法が多彩な「中華」の融合
印華のSNSのアカウントには「チェティナード×中華」と書かれている。そもそもチェティナードってなんだ。ソーノスケさんに聞けば、チェティナードとは南インドのある地方のことをいうらしい。
「インドって多くの地域はヒンドゥー教徒が大半なので、浄・不浄の概念があるんです。彼らの価値観では、インド亜大陸以外の土地は不浄とされる傾向が強い。だから基本的にインド料理って、宮廷料理以外は地元の食材やスパイスを使ってシンプルに仕上げるのが普通なんです」
しかし、チェティナード料理はそういったインド料理とは一線を画すとソーノスケさん。
「チェティナードは貿易を仕事にするカーストの人たちが暮らしていた街で、他の地域との頻繁なモノの行き来があったから一般的なインド料理の考え方が当てはまらないエリアなんです。交易で得た潤沢な富を使って、海外の食材・食文化などを取り込んで発展させてきたという経緯がある」
「僕が初めてチェティナード料理に出会ったのは東京・麹町にあるインド料理の名店『アジャンタ』というお店でした。店主は別の地域の出身でしたが『チェティナードチキン』というメニューがお店にあったんです。それがあまりのおいしさで衝撃を受けました。そこから僕もチェティナード料理にどっぷりハマっていきましたね」
まだまだ日本では一般的ではないチェティナード料理だが、今後はきっと日本でもその要素を取り入れたインド料理が生まれてくるだろうとソーノスケさん。たしかに、肉じゃがやオムライスなど、日本は海外の調理法を独自にアレンジして発展させるのに長けた国だ。他地域の要素をミックスさせるチェティナード料理は、日本人の食に対する好奇心と相性がいいのかもしれない。
印華のカレーには中華の要素も組み込まれている。
「チェティナード料理も中華料理と共通した部分があって、八角やフェンネル(茴香)など、スパイス使いが他地方に比べて独特なんです。それに、中華料理ってすごく魅力的じゃないですか。動物の内臓から花まで、身のまわりにあるものをなんでも食材にして食べちゃうスピリッツがある。そういうところがおもしろいなと思って、中華の要素も普段から取り入れています。メニューにもよりますが、看板メニューの『印華カレー』ではチェティナードと中華が7:3くらいの割合で混在してます」
ソーノスケさんの食に対する好奇心がうかがえる。インドと中華を融合させ、さらに台湾やタイなどで使われる魚醤や蝦醤など、エスニックな発酵調味料も積極的に取り込んでいるという。もちろん日々のリサーチも欠かさない。いろいろな店を食べ歩いて得た知識も、カレーづくりに活かされている。
「もともと凝り性な性格なので、印華のカレーはつくるのに手間がかかります。もう月イチの出店で精一杯です(笑)。毎回30〜40食分はつくるのですが、どっしりしてるほうがカッコいいからって重い皿にしちゃいましたし、運んでくるのが大変なんですよ……!」
定番2種と月替わり1種 一切手を抜かないメニュー展開
毎度の出店で、カレーは基本的に3種類提供される。定番のチキンカレーとポークカレー、そして月替わりの限定カレーが1種類。それぞれのこだわりを聞いてみた。
「チキンカレーのこだわりは出汁ですね。インド料理って基本的に鶏皮は除かれるんですが、僕は皮つきのまま使う。鶏皮から出た旨味のある油を乳化させて、グレービーソースのようなものを仕立ててカレーにするんです。肉から出る旨味を逃さないよう意識しています」
「ポークカレーは中華感が強め。甘酸っぱいタレが絡んだ豚角煮をベースにしたカレー『糖醋五花肉』をつくっています。そのふたつは固定なので、新しい食材やつくってみたい料理は月替わりに組み込みます。『ブロッコリーのニールギリマトン風』とか、『チェティナード風海老マサラ』とか、けっこう遊びのあるメニューになってます。価格に応じて1種盛りから3種盛りまで選べて、各皿には副菜が4種類つきますね」
聞くだけで圧倒的なまでの「凝り」を感じるラインナップ。目印である味玉も、わざわざオリジナルの焼印が施されているなど、随所に手間がかかっている。
「せっかく京都で出店しているので、季節ごとの京野菜も取り入れています。鹿ケ谷かぼちゃや九条ネギ、聖護院大根など、個性が強くて使っていて楽しいです」
理論とメニューの組み立てがしっかりしているからもはや当たり前な話なのだが、月イチ営業にも関わらず順調にファンを増やし続けている。毎回食べにきてくれる常連さんもいるそうだ。
カレーづくりに目覚めてわずか数年で京大カレー部総料理長に
そんなソーノスケさんだが、料理に目覚めたのは比較的最近なのだという。
「好きになったらとことん突き詰めるタイプなんですけど、料理自体はぜんぜんやってこなかったんです。浪人生時代にインド料理とスパイスカレーをつくりはじめてどハマりするまでは米の炊き方すら知りませんでした」
京都大学に入学したソーノスケさんが加入したサークルはル「京大カレー部」。卒業生が書籍を出したり、バラエティ番組に何度も取り上げられたりと全国のカレー好きに知らない人はいないというレベルで認知度の高い名門(!?)サークルだ。
「浪人時代に『京大カレー部』の存在を知って、絶対に入ろうと心に決めていました(笑)」とソーノスケさんは笑う。
「カレー事情聴取」などの名だたるカレーフェスに出店。定期的に専門店とのコラボ営業も行うガチ勢粒ぞろいサークルである「京大カレー部」。その総料理長にカレーづくりに目覚めてわずか数年で登りつめるというのは、さすが、の一言に尽きる。
「京大カレー部は大学非公認のサークルなので、部室は基本的に学生の家が兼ねるんです。印華だけではなくサークル活動のなかでも無数にカレーをつくりますし、もはや自宅というより厨房で寝泊まりしているような感じですね(笑)」
料理屋の持続可能性についても考える、卒業後の進路
カレー屋店主としてバリバリやっているソーノスケさんは(忘れそうになるが)現役の大学生。現在3年生になるので、そろそろ進路についても考えるようになったという。
「もちろん独立して印華を続けていければ理想的なんでしょうが、活動を続けながら、経験や知識をつけるために就職をすることも考えています。スパイスを取り扱うメーカーとか、大箱の料理店とか……。力を蓄えて、いずれはインド料理のコンサルティング業などもできたらいいなとは思っています」
まだ卒業後の進路は未確定なものの、今後飲食に関わる身として「うまけりゃいいじゃん!」だけででやっていけないことは確実であるとソーノスケさん。
「スパイスのほとんどは日本で生産できません。日本において、カレーというのは基本的に海外からの輸入品に頼らざるを得ない料理です。食材の確保と経済のバランスについて、これからの料理人は考えていかなければいけないと僕は思います。僕自身も今それをすごく考えていますね。『うまけりゃなんでもいいじゃん!』って考えだけではやっていけないからこそ、環境問題などに熱心なのを『意識が高い』という表現で揶揄するのは、料理を出す身としては無責任だなと思います。とはいえ、国産であることに頼って提供する値段がとんでもなく高くなったり、そもそも味で劣るようなことがあってもいけないし……」
次世代の料理人として、環境問題にも目を凝らす若き店主。料理人は料理のことだけ考えていればいい、という時代ではないことをシビアに理解しているからこその姿勢なのだろう。
インド料理にはフレンチや中華に負けない発展可能性がある
最後に、印華の店主という枠組みを超えて、ひとりの料理人としての今後の展望を聞いた。
「インド料理の格式を上げたいですね。インド料理って、スパイス使いや調理のなかに組み込まれた宗教観など、ほかに類を見ないユニークさで独自の発展を遂げてきたんです。ただ、インドってそれこそ土地も大きくて多様な民族がそれぞれの世界観をつくりあげているから、調理法が体系化されていない。そう、調理法が体系化されていないがゆえにまだまだ未発達なんです」
少しずつではあるが、インド料理は「モダンインディアン」と称して体系化されたものがラグジュアリーのステージに上がり、デリーのような大都市で、また日本でも東京を中心に、斬新かつスタイリッシュなインド料理を味わうことができる。しかし、広い国土にはまだまだ知られていなインド料理が無限にあるという。それらを細部まで調査・体系化することでインド料理はたくさんの人に知られ、広まっていくとソーノスケさんは考えている。
「将来、たとえば誰かと『ちょっといいごはん』を食べようと街に繰り出した時、イタリアンやフレンチ、中華などと同じ水準でインド料理が肩を並べるような世の中であってほしいんです。それくらいの魅力がインド料理にはある。先述した宗教観も相まって、どうもインドの人たちは『そんなことせんでも十分うまい』と、学術的な目線で自国の料理を分析しない。俯瞰的に見れるのは僕たちのような外国人だと思っています。食材の調達、調理法、いろんなものを気にかけながら、インド料理全体のボトムアップにつながるよう、今後もやっていきたいなと思いますね」
チェティナードという日本人にはまだまだ馴染みのない料理ジャンルにはじまり、複雑な調理工程と味付けがレイヤー状に重なり合った印華のカレーの話、持続可能な外食産業のあり方、そしてインド料理を体系化してボトムアップをはかるという壮大な展望まで。
京都の街に暮らすひとりの人間として、こういう若い人材が京都にいるということ、それ自体がありがたい。さあみなさん、次の第4日曜のお昼は、必ず予定を空けておいてください。掛け値無しの街の宝「咖喱食堂 印華」が、一皿からいろんなことを教えてくれるはずだ。
<プロフィール>
ソーノスケ
「咖喱食堂 印華」店主。京都大学に通う大学3年生。京大カレー部総料理長。過去には南インドに渡航したり、某国の大使一行にカレーを振舞ったりしたりしたことも。
「咖喱食堂 印華」Instagram:@kyotospice13
「咖喱食堂 印華」Twitter:@curry_inca
※2021年5月現在、現在緊急事態宣言中のため不定期営業中。詳しくはインスタをチェック。
企画編集:光川貴浩、河井冬穂(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):ソーノスケ