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京都文化浮説〜カルチャーでメシが食えるか〜 No.1〈VOU / 棒〉〈TAKI / 焚〉オーナー・川良謙太「VOUもぼく自身も、できるだけ無所属でいたい」

No.1〈VOU / 棒〉〈TAKI / 焚〉オーナー・川良謙太「VOUもぼく自身も、できるだけ無所属でいたい」

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

独り言

わたしたちは何のために働くのだろう。最近は、食べていくための仕事をライスワーク、金銭的利益にこだわらず、人生をかけておこなう仕事をライフワークと呼び分けることもあるらしい。けれど多くの場合、ふたつは重なりあっていて、仕事は「ライス」のためであると同時に「ライフ」のためでもある。だから、わたしたちは悩むのだ。

この連載で訪ねる「文化経営者」たちは皆、京都のカルチャーを最前線で牽引し、ワークとライフワークを華麗に両立しているように見える。だがもしかしたら、彼・彼女らが歩いているのは、想像よりもずっと細く、頼りない尾根道なのかもしれない。片側はビジネスとして成立しない夢物語、もう片側は、食っていくためだけのライスワーク。ひとたびバランスを崩せば、どちらかに滑り落ちていくギリギリのバランスの上に、文化経営者たちは立っている。その肩に、多くの責任や人生をのせながら。

「噂のあの人」として、世間の注目や評判を集める文化経営者たち。自身も経営者である『ポmagazine』編集部の光川との対話を通じて、ひとりの人間としての彼・彼女らに近づいてみたい。

〈VOU / 棒〉〈TAKI / 焚〉オーナー

川良謙太(かわら・けんた)

1987年生まれ。京都精華大学を卒業後、2015年に四条烏丸の路地裏にギャラリー&ショップ〈VOU / 棒〉をオープン。2019年、元印刷所を改装した仏光寺通のビル(通称・棒ビル)に移転し、ショップ、ギャラリー、イベントスペースを兼ね備えたスペースとして、アーティストの企画展示やオリジナル/セレクト両方のグッズ販売などを行なっている。

10年前、四条烏丸の路地裏ではじまったギャラリー&ショップ〈VOU / 棒〉(以下、VOU)。「棒ビル」への移転を経て現在に至るこの場所は、今や京都のカルチャーシーンに欠かせない存在になっている。

「VOUが2店舗目を準備しているらしい」。そんな噂が京都を駆け巡ったのは2024年の夏。この連載の取材を申し込んだとき、まさにその2店舗目である〈TAKI / 焚〉(以下、TAKI)の開店準備の真っ最中だった川良さん。「その場その場の感覚や感情に揺れ動かされながらつくっているので、しっかりとしたコンセプトも方針もないような感じですが」と言いつつ、それでもよければと、取材を引き受けてくれた。

本連載のインタビュアーである光川も、オーナーの川良さんと同じく精華大学出身。VOUの創業当時を取材させてもらったり、経営する会社が川良さんが手がけるイベントなどの広報物のデザインを担当したりと、VOUの活動を近くで見守り続けてきたひとりだ。まさに川良さんが言うところの「揺れ」を聞きたいと、四条大宮にあるTAKIを訪れたのはプレオープンの2週間前。まだ商品はほとんど無く、照明も電球が吊り下がっているだけの無骨な空間。そこで、ふたりの会話がはじまった。

焚の敷地で川良さんと光川が並んで立っている写真

今は正直、ツラさしかない

テーブルで向かい合う光川と川良さん

光川:TAKIのプレオープンを2週間後に控えて、今どんな気持ちですか?

川良:今は正直、ツラさしかないっすね。キツすぎる。

光川:そうだよね。

川良:最初に路地裏でVOUを始めた時も、棒ビルに移転した時も、やばかったんですけど。今回も結局また同じことしてんなっていう……押しつぶされそうになってます。

光川:追い込まれてる要因って、2店舗目をやるうえで自分に課していたクオリティのラインを越えられないかもしれないみたいな不安や焦りなのか、それとももっと根幹の「そもそも俺は何がやりたかったんや」みたいな揺らぎなのか。

焚の天井で光る電球
取材前のやりとりのなかで、川良さんは「正直まだ全然出来上がっていない」「大丈夫かな……」と漏らしていた

川良:どちらもかなあ。3日前ぐらいまでがいちばん闇堕ちしてました。「俺はこの場所を通して何がしたいんだ」って。自暴自棄になって「なんで俺はわざわざこんな事やってるんだ?」って思ってしまうくらい、良くないマインドになってました。

光川:今は少し振り切れました?

川良:だいぶ抜け出せました。もう振り切らんとあかんしっていう諦めに近いけど、そもそも自分のキャパをオーバーすることを目標にしてしまったんだから「もういっか、できるところまでやろう」っていう気持ちになりつつあります。

光川:わかるなあ。何かをはじめる時、っていうか事業をやること自体がその繰り返しですよね。追い込まれて、振り切れて、の繰り返しでしか前に進めないというか。

VOUとは違う店をはじめる理由

光川:VOUの時とはまた違う追い込まれ方もしてますよね。場所をやる点では共通してるけど、事業のかたちは違うし。

川良:そうですね。自分としては、まったく新しいことをやってる感覚で。ギャラリーとショップのVOUとは違って飲食も入るし、目的も全然違っていたりする。

頬杖をつきながら考える川良さん
TAKIでは展示や商品販売だけではなく、屋外スペースでの飲食も提供する

光川:その目的の違いっていうのは?

川良:VOUはシンプルに、展示をみる、買い物をする、大きくそのふたつのコンテンツだけど、TAKIでは、もうちょっとお客さんとコミュニケーションしたりとか、長居してもらってゆっくりできるスペースをつくりたいんです。

光川:川良くんがお客さんと話したがってる印象は普段あんまり感じなかったかも。どちらかというと、場所やプロダクト、展示とかで自分の価値観を見せて、それがコミュニケーションツールになってるイメージがあって。

川良:なるほど。ああでも、ぼく個人と会話するというより、お客さん同士とか、うちで働いてくれる子と会話してほしいですね。僕がしゃべりたいわけではない。時々は会話に入りたいですけど、みんなが繋がったり盛り上がったりして、それが街の雰囲気に馴染んでいくのがいいなって感覚があるんで。

光川:この「TAKI」でコミュニケーションを増やしたいと思ったのはなぜ?

川良:うーん、どうしてだろう。

光川:VOUではできなかった何かがあるってことですかね。

川良:コミュニケーションをすること自体はそんなに好きじゃないんですけどね(笑)。

光川:でも自分がつくる場所にはコミュニケーションが生まれててほしいっていうのが不思議ですね。

川良:みんなが楽しそうにしてるのはめっちゃ好きなんです。自分がオフな状態でワイワイしているというか。

光川:プロダクトや展示ではどうしても埋められないコミュニケーションがそこにありそうですね。その領域はやっぱり食と酒が強い気がします。

川良:そうなんですよね。実際、VOUでやった「おでん屋台のイベント(※)」はかなり参考にしてて。飲食っていうだけじゃなくて、文化的な背景もあるからあれだけ人が集まったんだと思うけど、あのときの雰囲気がすごく良かった。目の前でああいう盛り上がりが生まれているのっていいなって、それをどこかでやりたいっていうのがきっかけかもしれません。

2023年2月におこなわれた「屋台いなば」の展示イベント。因幡薬師堂の門前で何十年にもわたって受け継がれてきた京都・最後の屋台をVOU/棒に移設し、名物のおでんを販売

光川:あのイベントめっちゃ良かったですよね。

川良:最初は物販だけでも良いかなって思ってたんですけど、あの時の体験があって、やっぱり外の空間で飲食をやることにしました。

光川:今話しているこの場所で飲食をやるってことですよね。一応、屋根はあるけど、ほぼ屋外で土は剥き出しだし、謎に炉があるし、パンチある物件。お客さん用のテーブルもぐらつくレベルの立て付けがたまらん(笑)。

川良:そうそう、机がグラグラするから上に水平器を置いてます。脚の下に石とか挟んで、水平にしてから使ってもらおうと思って(笑)。

笑う川良さんと光川
でこぼこの地面でも大丈夫なように、キャンプ用品のテーブルを使っている

光川:やろうと思えばVOUの中で飲食をやる手もあったのかなと思うんだけど、その可能性は無かったんですか?

川良:実際、VOUの中にそういうスペースをつくろうかっていう話もあったんですけど、この物件が出てきたときにひらめいたというか。だから、TAKIのビジョンは完全に物件ありきですね。

光川:大宮以外でも物件探してましたよねえ。丹波口とか、大津とか。

川良:色々と見てはいたんですけど。ただ、VOUと同じようなコンテンツを同じような物件でやる意味はまったく無いと思っていて、VOUプロデュースで目的もコンテンツも違う店をやりたいなあと。それが、この物件ならできるぞって感じられたんですよね。

光川:「大宮の路地裏」って聞いてたから、もっと小ぢんまりしたスペースを想像してたんだけど、けっこう広々してますよね。この立地でこの広さって、なかなかなさそう。

川良:この物件に出合えたのは本当にラッキー。戦前〜戦後の工場が次々に建てられた時代に創業した染工場の建物らしくて、一回解体してカフェにしようって話もあったみたいです。でも、おそらく途中で断念したのかな。引き継いだ時は解体途中ということもあって、あちこちボロボロで、上に別の建物が建てられていた形跡があったりとか、バラックみたいな佇まいでしたね。

焚の建物の煙突を見上げる川良さんと光川
染工場時代の大きな煙突をそのまま残している

光川:物件からビジョンが生まれたっていうのがおもしろいですね。この煙突と炉から「焚」って名前が生まれたってことか。

焚のロゴ。炎のような赤いラインの下に黒字で「TAKI」の文字が入っている。
TAKIのロゴ。手掛けたのは、VOUと同じくデザイナーの三重野龍さん

川良:名前は単純に「棒2」とか「棒棒」も考えてたんです(笑)。でも系列というか関係があることは見せつつ、違いを出したかったから、棒に関連がある別の漢字が良いなと思って、たくさん候補は出したんだけど……全部忘れちゃったな(笑)。

光川:漢字変換がVOUっぽいですよね。

川良:漢字一文字っていうのは踏襲したいなと思って、なかでも「焚」はしっくりきたんです。木がふたつ入ってて「木」、つまり棒が2本で二号店の感じも出るし、煙突が立ってるビジュアルとか、飲食っていう事業形態とか、なにかと「火」の雰囲気を感じる場所になるだろうと。

「あの頃のVOU」も「今のVOU」も、全部「VOU」

光川:「棒棒」だった世界線も気になるけど(笑)、2店舗目オープンのタイミングで、これまでの「VOU」のことも聞いてみたくて。はじめてからもうちょっとで10周年、今振り返ってみてVOUという場所をどう捉えてますか?

川良:そもそも、VOU自体も1回移転してますしね。

光川:そうですよね。当初、川良くん自身が描いていたVOU像から変化していくところもあったんじゃ無いかと思ったんだけど、どうでしょう。

川良:ぼく自身はいつのVOUもおもしろいというか、まだ10年だけど、10年という歴史を俯瞰して、全体を「VOU」だと捉えています。むしろお客さんの方が「あの頃のVOU」「今のVOU」という見方をしているのかもしれません。最初、四条烏丸につくった時は、本当に個人的なかたちで、「家の中で店やってる」ぐらいの気持ちでしたし。

光川:あの頃は、ほんとに友達ん家みたいでしたね。「イケてる先輩の家に遊びにきた感」があった。

四条烏丸時代のVOUの外観。路地に建つ店にネオンのロゴ看板が光っている
四条烏丸時代のVOUの内観。窓の下の棚ににTシャツや雑貨などが並べられている
四条烏丸時代のVOU

川良:「イケてるっしょ?」とは思ってなかったけど、完全に自分の手触りのなかでモノを集めて場所をつくっていたから「家感」が出てたんだと思います。そこから3年くらいでメディア露出が増えて、観光客の人も来るようになった。でもやっぱり、客層がグッと広がったのは今の棒ビルに移転してから。初期のVOUからずっと通い続けているお客さんのなかには「最初がダントツ良かった」って言う人もなかにはいます。

光川:そういう意見はどう見てますか?

川良:正直「知らんし!」とは思いますよ(笑)。でも「そうっすよね」っていう気持ちもある。10年って、それだけの長さだよなあって。初期から通ってくれる人も、今のVOUから好きになってくれた人もいて、歴史がある分だけお客さんも多様化している。これは僕としてはめっちゃいい状態だと思います。

「らしさ」はどこに宿るのか

光川:そうやってVOUが広がっていくのに対して、TAKIのモードを見ると、また閉じていくような動きじゃないですか?

川良:まさにそうで、もうちょっと閉じたことというか、濃いことがしたい。この場所でなら実験できそうな予感がします。

光川:TAKIにはこんな人が来てほしい、みたいなイメージはありますか?

川良:街の人。ローカルに根付くというか、まずは街の人が居心地よく感じられる場所にしたい。でもマインドとしてはむしろオープンで、新しく来たお客さんと地元の人がつながる「融合しやすい場所」が理想ですかね。VOUもぼく自身も、できるだけ無所属な存在でいたいという気持ちが強い。だから手触りとしては閉じていくんだけど、コミュニティとしては閉じたくないと思っています。

光川:その感覚はすごくよくわかる。僕も業界は全然違うけど、オープンでいたい反面、開きすぎることへの抵抗感がありますね。

腕を組む光川

光川:「閉じていく」っていう側面についてもう少し詳しく聞きたいんだけど、背景にあるのはビジネス上の戦略なのか、それともロマンなのか。ビジネスにはターゲットや手がける対象を絞れば絞るほど、コアなものを出力できる面があって、そのコアな感じゆえにファンを獲得してきたっていうビジネス上の成功体験も川良くんはもってる人だと思うんです。一方で、TAKIを見てると、初期衝動のままというか、原点回帰というか、もう一度、友達ん家をつくろうとしている感じにも見えて。

川良:それでいうと、両方かもしれません。せっかくまた京都でやるなら、前の濃かった頃に戻ってやりたいと自分自身が思っている。同時に、お客さんもそう思ってるんじゃないかなって。特に昔からVOUに来てくれているお客さんは普通じゃないものを求めているだろうから、両方がはまるのが今のTAKIのイメージ。VOU的な場所がひとつでも多かったら良いなと僕自身も思うし、ある意味、商売としても需要があるのがそこかなと。

話す川良さん

光川:その「VOU的なるもの」ってなんなのか、すごく定義が難しいなと思っているんだけど、川良くん自身が、「VOU=〇〇」を一言で表すとしたらどんな言葉になりますか?

川良:それめっちゃ難しいな(笑)。一生、言葉にはできないかもしれないです。

光川:ひとつの言葉にはできない、変わり続けるところに価値があるんですかね。こういうのって言葉にした瞬間、すごく陳腐になってしまうけど。

川良: 何か、表す言葉はありそうなんですけどね。でも、ずっと変わらないのはVOUもTAKIも「個人的なもの」として店をやっているところ。場所はビルに移ったけど、自分の家の延長線上でVOUをはじめた時から、そこは変わっていないんですよ。

光川:なるほど。

川良:一人の人間に対して「お前はこういうやつだ」って一言では言い切れないじゃないですか。VOUを一言で表せない理由も同じかもしれない。ただ、今後の事業の展開としては、その「個人的なこと」っていうのが、僕だけじゃなくて一緒に働いているスタッフについても反映できたら良いなと思ってるんです。各々の個人的な感覚が現れるような場所をつくってみたい。

川良:ビジネスだけのことを考えたら、会社としてひとつ「VOUの型」みたいなものをつくって、それをもとに量産していく方が早いとは思うんだけど、それは僕のやりたいことではないんです。僕自身、おもしろいと感じるのは、飲み屋さんにしても雑貨屋さんにしても個人的な店で、やっぱり自分もそういう個人的な店でありたいから。

光川:規模として開いていこうが閉じていこうが、どこまで行っても個人の複雑さが垣間見えるような、その態度が「VOUらしさ」なのかもですね。

川良:まあ、それに苦しめられているのが今なんですけど(笑)。TAKIには本を多めに置こうと思ってて、一般的なカテゴライズに基づいて「このジャンルに強い」みたいな特徴づけをしたくなくて。ぼくが良いなと思った本を置きたい。今はとりあえず100タイトルを目標に集めてるところ。現時点で38タイトルなので、あと2週間でかなり頑張らないといけない……。

光川:残り2週間の制約のなかで「何を選んだのか」、逆に「何を諦めたか?」ってことからも、発見がありそう。

川良:たしかに。店づくりを通じて、自分に向き合っているような感覚がありますね。

談笑する川良さんと光川

王道なき時代にカウンターをやる

光川:そういえば「TAKI」の店長は川良くんじゃないんですよね。 VOUが組織として広がっていくなかで、どうしても自分の手触りを離れていく瞬間ってあると思うんだけど、そこはどう折り合いをつけてるのかなというのが気になってる。「VOUらしさ」が個人的なところに宿っているのであれば、それが今後どうなっていくのか。

川良:「VOUの型」みたいなものがあるわけじゃないですから、よりその問題と向き合っていくことになりますよね。

光川:ぼくから見ると、「VOUらしさ」って少しフォーマットを感じる時もあって。たとえばそこに置いてあるVOUの「買い物かご(籠)」とか、「軍手(鴨川軍手)」とか、世間では「ちょいダサ」認定されているというか、デザイン的な価値を求めていない、でも日用品として非常に浸透しているものを見直す文化があると思うんだけども。

準備中の焚店内。VOUのロゴが入った買い物カゴが置かれている

光川:VOUのロゴも「棒キャップ」もそうだけど、カルチャーショップがあえて漢字を採用したことが、その後のキャップデザインに限らず、ロゴやグラフィックデザインに影響を与えたように思うんです。ちょっと雑な言い方になるけど、当時はおしゃれなデザインといえばアルファベットが主流だったなかで、文字デザインの潮流をよく読めたよね。

川良:メインストリームよりカウンターカルチャーが好きで、あのキャップも、アルファベットばかりのなかで、あえて漢字を使った方がおもしろいんちゃうかと思ったんですよ。フォーマットまではいかなくても、そういうところが「スタイル」にはなってるかもしれないですね。

棒キャップ。緑のキャップの前面に大きく「棒」の文字が刺繍されている

川良:「棒キャップ」は刺繍もだけど、キャップのかたちも当時の「おしゃれ」からは外れてた。ツバがフラットないわゆる「ニューエラキャップ」が王道だったなかで、「ダッドハット」って言って、おじさんが被るようなツバが曲がった浅いキャップを使ってる。VOUやTAKIのロゴをつくってくれたデザイナーの三重野くんと喋ってた時に「日本人ってそもそもニューエラキャップ似合わへんよな」みたいな話が出て、それであえてダットハットに刺繍してみたらいいんじゃないかと。そんな感じで「世の中では基本的にこうなってるけど、実はこっちの方がいいんちゃう」っていうのが好き。

光川:それ聞いて思ったんだけど、今って10年前より「メインストリーム」自体が弱ってるじゃないですか。カウンターに対するカウンターが生まれ続けて、あらゆるものがオルタナティブというか、クラスタ化している。王道が存在しない時代にカウンターをやるって、すごく難しいんじゃないかと思うんです。

川良:確かにねえ。

光川:でも、場所に来てあらためて思うけど「TAKI」はオルタナティブですよね。目の付けどころが鋭いから、カウンターをやれるんだと思う。

10年やってもまだ売れたい

談笑しながら外を見遣る川良さんと光川

光川:VOUもTAKIも個人的なものとしてやってる感覚だって言ってたけど、VOUはメディアにもよくとりあげられるし、キャッチーな存在になっているのも事実じゃないですか。伝播していく過程で形成された「VOU」像と、自分自身の感覚とのギャップを感じることはない?

川良:いや、そんな悩むほどキャッチーになれてないと思ってます、正直。そこまで売れてないというか。「何やっても全部売れる」みたいな状態なら、もっとイメージとのギャップに悩んだりするのかもしれないけど、それどころじゃない。必死にやってるけど、やっぱり「売る」ってずっと大変。

光川:それは意外。世間的には完全に「売れてる」サイドのイメージだから。川良くん自身、「もっと売れたい」みたいな気持ちはあるんですか?

川良:めっちゃあります。ずっと「売れたい!」と思ってる。

光川:これだけ続けてきて、まだ売れたいと思えるのっていいことですね。

川良:売れたいですよ(笑)。VOUって、知名度はあるのかもしれないけど、キャラは全然キャッチーじゃない。関わり方がわかりづらい存在だと思う。正直、TAKIも最初に踏み込む時は勇気がいる場所になるだろうし。

光川:たしかに、この染工場の建物を生かした感じとか、日常づかいするにはおしゃれすぎると思われるかも。

川良:それ、すごく不思議なんですよね。VOUも「おしゃれ」って言ってもらえることがあるけど、自分たちとしては全然おしゃれだと思ってない。

光川:「おしゃれ」って言われることに抵抗感はある?

川良:それもまったくない(笑)おもしろいなと思います。

「売れる=ダサくなる」?

光川:売れることをダサくなることだと捉える人もいるじゃないですか。さっきの「おしゃれ」もそうだけど、誰にでも価値がわかりやすいものって、ある意味、おしゃれからいちばん遠いという見方。カウンターカルチャーだったものが人気になって、メインストリームに近づいていくとそういうことを言われがちだと思うんだけど、川良くんはこの「売れる」と「ダサくなる」の関係性についてどう考えてますか?

川良:みんなが気づかない価値に気づく、センスが尖ってる人というのはいます。でもある一定の基準というか、その人のアンテナにも引っ掛かるし、みんなも良いと感じるラインって確実にあるし、そこを両立できている状態がいちばんかっこいいと思うんですよね。

光川:ああ、なるほど。それは重要だ。川良くんから見て、そこを両立できている人ってたとえば誰?

川良:それで言うと、うちで取り扱ってる作家でよく売れてる人はみんなそうだと思います。VOUって売れ筋が偏ってて、売れているものを見ると、クリエイティブはもちろん、それ以外の見せ方の部分だったり、あらゆる部分がちゃんと行き届いてるんです。

光川:たしかに、すごくわかる。それこそしんごさんとか。一緒に仕事させてもらったこともあるけど、バランス感覚というか、なんて言えばいいかわからないけどちょっと違いますよね。

川良:しんごさんはTシャツのデザインひとつとっても「たまたま」でやってないんですよ。めちゃくちゃ考えてつくってる。しんごさんのプロダクトで「抜染」っていう色を抜いて柄を出す染め方でつくったTシャツがあるんだけど、このあいだ友禅染の工場の人がそれを見て、染めのプロからしても、抜染という技術を使ってあのグラフィックをやるのはかっこいいと。プロが見ておもしろいと思うことをやってて、だから一般の人にも届くんじゃないか。

光川:具体的にどこがすごいのかはわからなくても、伝わるものになってるんでしょうね。

しんごさんの手がけたTシャツ。黒地に白い模様が大きく模様が抜染されている
しんごさんのTシャツ

川良:あとは陶芸作家のDAISAKさんもそう。陶器にポップなイラストを入れた作品で、絵柄はめちゃめちゃゆるいのに、陶芸をマジでずっと勉強してきた人だから、マグカップひとつとっても実はすごくクオリティが高い。伝統工芸を研究してる人に見せたら、見た瞬間に「陶器としての技術力がすごい」って。見た目はゆるいのに、物としてはめっちゃちゃんとしてます。

光川:DAISAKさんのマグカップ、僕も毎日使ってます。薄くて軽くて、あの形にするのはやっぱり技術力のたまものですよね。

DAISAKさんのマグカップ。ベージュの地にゆるいタッチのクマが描かれている
DAISAKさんのマグカップ

「センス」はコミュニケーションから生まれる

光川:「売れる」ってなんなのか、要素を分解していくとおもしろいですね。カウンターをやれるのも、メジャーに通用するのも、川良くんの「目の付けどころ」がベースにあると思うんだけど、それを他の「VOU」メンバーのなかにも育てていきたいみたいな気持ちはあるんですか?

川良:いや、多分育てられないものだと思います。というより、最終的にかたちになるアイデアって個人に宿るものというより、コミュニケーションから生まれるものだと思っていて、VOUやTAKIのアイデアも喋っている時に出てくることがほとんど。ひとりで悶々と考えていても出てこないですね。

光川:たしかにそこは育てるものじゃないですね。話すなかでたどり着くものか。

川良:なんの責任もない人が適当に出したアイデアがおもしろかったりする。柔らかい状態だからこそ出てくるものだったり。

光川:いやー、一筋縄ではいかない。おもしろいね、場所づくりやものづくりは。

日が暮れて暗くなった焚で笑う川良さんと光川

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企画編集(順不同、敬称略):光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)

撮影:徳井蒼大